第五話 浮遊の景色
大魔王ババルナ・ババルザ。
其の強さは類を見ない。
戦闘狂で好戦的な性格ゆえ、数多の国を滅ぼし、数多の大陸をも分断させた、
此の世界の悪の根源である。
血色のごときギラめく瞳は、敵を心身ともに窮地へと追い詰め、
その強靭な肉体と暴動は、如何なる種族の勇者であっても敵わない。
此れは、まだ名も無き頃の〈ルナ〉と出会った、
ある少女の物語である。
——*
私は身寄りの無い子供だった。
・「平和期」
人族と魔族が仲良くしていた時代。
↓
・「人魔戦争期」
人族と魔族が喧嘩しはじめた時代。
私は後者の世に生まれた。
そして此の戦争が、軈て一千年の時を経て、現代までをも続く大戦争となる事を、
私はまだ知らない。
此の世界――レテルには、
人族・魔族・妖精族・獣族・龍族の、第5種族なるものが存在する。
私は中でも、魔族だった。
魔族に感情は無い。
魔族に性欲は無い。
魔族にそもそも欲は無い。
此れは歴史の中でもかなり有名な話であろう。
しばしば、ルビーのような真っ赤な瞳、喜怒哀楽の感じられない表情、
故に、人形などと揶揄されるくらいには魔族は情に欠けていた存在であった。
では何故、魔族は繁殖できたのか。
答えは単純明快、人族によって孕まれたからである。
魔族は人のカタチをした動物だ。
偶然にも容姿が良かったがために、其れが人族に買われ、子孫を繁栄し続けてきた。
いやそもそも魔族は、他種族の手を借りて子孫を残すために、
進化の過程の中でそう進化をして行ったのかもしれない。
容姿が端麗になったのかもしれない。
魔族の九割はメスだ。
殆ど女しか生まれない。
加えて長寿で、何年でも子を産み続けられる。
人族にはさぞ都合が良かったであろう。
だから私の中にも、少なからず人族の血が混ざっている。
両親は魔族だが。
しかし問題は起きた。
魔族であれ、人の血が通えば当然、情が宿る。
情が宿ればどうなるか。
人族の都合の良い駒では無くなる。
軈て魔族同士でも子を産むようになる。
魔族だけの国が出来上がる。
領土の奪い合いが生じる。
戦争が起こった。
龍族は、歴史の中でも他種族と関りを持たなかった異例の種であるため無視するが、
他4種間での争いは熾烈になっていった。
少なからず人族は他種族にも手を出していたので、人族特有の情というのが生まれていたのであろう。
が、戦争の火種は人族と魔族だったので、して人魔戦争と名付けられるに至った。
私は両親を失った。
人魔戦争によって、私の両親も含めた人族に寄り添っていた魔族の多くは殺された。
裏切られた。
だから私は、身寄りの無い子供だった。
全9もの大陸がある中、第五大陸、辺境の辺境辺境――ルテイン村。
人口たったの十四人。
私たち魔族と、数名の人族とで手を取り合い暮らしていた。
平和期の名残りで、まだ魔族が大陸全土に分布して住んでいたから、別に珍しい光景じゃない。
むしろ、田舎過ぎて当初の私たちは、人族と魔族がまさか戦争を起こしただなんて知らなかった。
情報に疎かった。
ある日、ルテイン村に大勢の人族が押し寄せて来た。
〈円卓の騎士〉――そう名乗る一人の男が指揮を取って、二十を超える兵士の群れで迫って来た。
「魔族を殺す」
とのことだ。
あっという間だった。
一夜にして、たった一人の人族に、ルテイン村は壊滅させられた。
円卓の騎士なる男が、私の喉に剣を突き付けた。
喉仏のある辺りから、チクッと裂けるような痛みが走り、
胸元まで血が垂れるのを感じた。
あ、私、死ぬんだ――
私は目を閉じた。
何も分からない。
何故急に、気付いたら村が燃えていたのか。
村人が塵と化していたのか。
両親が瓦礫の下敷きになっていたのか。
分からない、分からないんだ。
ただ、私は此の人たちに殺される。
其れだけは分かった。
が、沈黙が続いた。
剣を突き付けられて20秒。
中々殺されない私。
思考が駆け巡って、咄嗟に目を開けてしまった。
目の前に、少女がいた。
私と背丈も変わらない、一人の少女が。
((なんじゃ雑魚め、相手にならん。
!?
誰の声?
さては此の子の……。
……お? でも最前の男はまだ意識があるようじゃな。
さては上級層、聖騎士クラスかのう?))
「……っ、……………、………………」
私の前にいる少女、そのさらに前で血を吐きながら倒れる円卓の騎士が、
何か言った。
何が起きたのか分からなかった。
足音もしなかった。
ただ目を開けたら、私と女の子以外が倒れていて、脳内で声が聞こえた。
助かった、のかな……。
((……ふむふむ、なーに言ってんじゃコイツ?
ま、適当に返せばいいか!))
そう言って大胆にジャンプし、着地と同時に足を広げ、
ポーズを取る女の子。
そして言った――。
「ごほん!
わ が は い の名はァ――
ババルザ、ババルナッ!
名も無き平民村出身にして、好きな食べ物はんーと、えーと、んんぅ……」
((此処は肉というのは流石に女の子らしくないかのう?
でもぉ、正直お肉が一番好きだしぃ……い、いちごとかか?
ああーこんな事になるんなら、もっと先に決めておくべきじゃった……))
え?
「んん”
今のは忘れてくれ!
と に か く、
やがて世界を支配する者――
覚えておけ! 人間!!」
((って、もう死んでる……))
最後まで意味が分からなかった。
世界を支配?
が、助けられた。
私が目を開けると、私と背丈も変わらない、一人の〈少女〉が立っていた。
円卓の騎士と謳われた男の首が消し飛び、体だけが立ち尽くしていた。
何が起きた?
息を吐く間もない、一瞬過ぎた出来事。
少女の夜闇に溶け込みそうな黒髪が、炎の渦の中で棚引く。
一瞬、赤い数束程の毛も目に飛び込んだ。
かっこよかった。
私は憧れた。
私も此の人みたいになりたいと思った。
だから付いて行った、その先には私と同様、多くの魔族がいた。
皆が其の人を敬い尊敬し、皆が其の少女を慕っていた。
私はばっさり髪を切った。
少しでも近づくため、此の人みたいにかっこよくなるため。
月日はあっという間に流れた。
私ももう、すっかりあの人の身長を超えていた。
顔も男らしくなれた。
ただ胸も思ったより成長して邪魔だったから、私は晒布を巻いて、目立たないようにした。
出来るだけあの人に寄せるだけ。
かっこよくなるためだ。
魔族に生殖本能は無い。
人族みたいに熱い情もない。
感情や愛情といったものが欠如している種族。
無感情がフツウ。
が、あの人が魔王の座にまでのし上がって、圧倒的な力の差を見せつけられて、
その背中はどんどん掛け離れていくものだと思った矢先、
一人の赤子が生まれた。
名前はラプラス。
私はメイドの身分だが、出産に関する知識を持っておらず、別の者が対処したと聞いた。
私は戦闘力を買われてメイドの身になれたのだから、出産なんて初めて見た。
火属性と水属性の準上級魔法、並の知識とこの魔法があれば、出産は最も簡単だと聞いた。
もっとも、医療などの分野は、私の生まれた時代からも進んで発展してきていた。
だがおかしい。
生まれた赤子ラプラスは、一週間もの間、放心状態だった。
丸で人形。
泣かない、動かない、まるで魂が在していないかのように、生きる意志が感じられない。
私は諦めた。
きっと何か支障があったのだろう。
でも私は嬉しかった。
また魔王様の戦う姿が見られる。
赤子になんか時間を割かないで、また再び戦場に戻ってきてくれる。
だが母は諦めなかった。
大魔王ババルナは諦めなかった。
放心状態、植物状態のラプラスを抱えて、昔こよなく愛していたという人里に向かった。
そこは昔、魔王様の故郷があった場所だ。
生まれ育った場所。
だが今は、長い人族と魔族の戦争により、家が燃え田畑が燃え、焼け野原へと変貌し、
しばらくして辺り一体は草で覆われて、
昔の痕跡など跡形も無い、
ただただ美しいだけの草原に成り変わった。
ちょうどその時、近くで滞在していた王夫の率いる兵もいたので、行きやすかったそう。
急に魔王様が帰ってきた。
王夫も戦で忙しいはずなのに、なぜか二人が帰ってきた。
よく見れば、ラプラスの目には光が灯っているではないか。
なんで?
なぜ?
あの放心状態だった一週間はどこに行ったの?
魔王様はもう戦に出られなくなるの?
なんで?
ラプラスは息を吹き返したように、元気になった。
まだ何かをできる年でもないのに、目を離せば床を転がるように移動して、気付けばどこにでも行っていた。
まだ言葉が理解できる年でも喋れる年でもないのに、進んで耳を傾けては、歯も生えていないのに口を動かした。
まるで私たちの口の動きを真似するかのように。
私はラプラス様は天才の子なんだと思った。
よく天才の子は、生まれてからも一向に泣かず、無口でいると言うのも聞いたことがあったから。
あれから私は、ラプラス様を目で追うようになった。
興味が湧いた。
あの魔王様の子だ、きっと凄い子になるに違いない。
ラプラス様はたまに泣いた。
ふとせず、まるで何でもないところで、タイミングを見計らうようにして泣いた。
まるで下手な演者が、演技をしているかのようだった。
やはり天才の子は計り知れない。
だがこの時くらいからだったか。
明らかに異変を感じ始めたのは。
私は相手の心が読める。
魔眼のおかげで、手に取るように読める。
読めるのだが……読めない。
あれからこっそり、他のメイドがラプラス様を世話している時でも、後をつけて、隙あらばその天才の胸の内を一目見てやろうとしていたのに、読めない。
何か他の言語なのだろうか?
((…………、……? …………))
((………………、……))
ずっと一人でにボソボソと、永遠に呟いてる。
一日中何かを考えてる。
観察している。
やはり天才の脳内は計り知れない。
あれから一年と半月ほど過ぎ、ラプラス様は三階層の書庫にずっと居座るようになった。
もあ歩いたりできる年だ。
子供は外で走り回ったり、かくれんぼをする年だ。
だが一向に、外に出ない。
出ないと思ってたら出た。魔導書を持って。
右腕を前に突き出して、目を瞑ったりして。
その目には、あふれんばかりの知欲が宿っていた。
同時に、この年齢の子がしてはならない目だとも思った。
私は恐怖を覚えた。
何か企んでいるのではないか、と。
私も一年間も心の中を聴いていると、ある程度ラプラス様の思考と言動が読めるようになっていた。
難しい言語だったが、所々似通った特徴を持つ特殊な言語。
法則も見つけやすかった。
私は別に学に疎い訳じゃない。
むしろ知欲はある方だった。
強くなるためだったら、進んで学びを得た。




