6話
読んでくださりありがとうございます。
朝、目が覚めたとき、
頭の中でまだジンジャーエールの氷の音が鳴ってた。
天井を見上げて、
しばらく何も考えずにいた。
夢だったかもって思ったけど、
手首に残った微かな香水の匂いが、
昨日のことをちゃんと現実に戻した。
「……マジで、話しかけられたんだよな」
誰に聞かせるでもなく、つぶやいた。
返事が返ってくるはずもない。
大学。
いつも通りの教室。
仁が騒いで、広大が寝てる。
同じ空気。
同じ昼。
だけど、自分だけがちょっと違う場所に立ってる気がした。
仁が顔を覗き込んでくる。
「お前、昨日なんかあった?」
「なんで」
「顔がちょっとマシになってる」
「どういう意味だよ」
「疲れた顔してねぇってこと」
「別に」
翔琉はペンを回しながら、
笑いを誤魔化した。
「マジで彼女できた?」
「ねぇよ」
「うそくせぇ」
「昨日ライブ行った」
つい口に出た。
仁が目を丸くする。
「お前が? 一人で?」
「うん」
「どうした、失恋でもした?」
「してねぇよ」
「……で、どうだった?」
「普通に、よかった」
ほんとは“普通に”じゃなかった。
でも、それをどう言っていいか分からなかった。
昼休み。
スマホを開いて、
ライブハウスの名前を検索した。
写真を見ても、
昨日の空気は戻ってこない。
光の感じも、人の声も、あの匂いも。
“エミ”って打ってみた。
何も出てこなかった。
当然だ。
フルネームも知らない。
「……何やってんだ俺」
スマホを伏せて、
カレーを一口食べた。
味がしなかった。
夜。
バイトの休憩時間。
川原がタバコを吸いながら言った。
「お前、昨日休みだったろ」
「はい」
「遊んだのか?」
「まあ、ちょっと」
「珍しいな」
川原は煙を吐き出しながら、
少し笑った。
「若いうちに、遊んどけよ。すぐ終わるぞ」
「……はい」
その言葉の“すぐ終わるぞ”が、
妙に引っかかった。
何が終わるんだろう。
遊び? 若さ? 時間?
それとも昨日みたいな夜?
帰り道。
信号が赤に変わって、
停まった車の窓に街灯の光が映った。
ヘルメットの中で、
エミの笑い声がふっとよみがえった。
「匂い、ラーメン屋っぽいね」
あの言葉を思い出しただけで、
胸の奥が少しだけ熱くなった。
「……何なんだよ」
そう言いながら、笑ってた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
どうでしたか?
少しでも楽しんでもらえていたら嬉しいです。