5話
読んでくださりありがとうございます。
夜。
バイトが休みの日だった。
何となく外に出た。
目的はない。
部屋にいても落ち着かなくて、
とりあえず原付きを走らせた。
街の灯りが、どこかぼんやりしていた。
信号の赤が目に刺さる。
人の声が遠くに聞こえる。
でも、自分のいる場所はずっと静かだった。
途中でコンビニに寄って、
缶コーヒーを一本買った。
外のベンチに座って飲む。
夜風がちょっと強くなって、
カップの中のコーヒーが波打った。
「……どこ行こうかな」
そうつぶやいて、スマホを開いた。
SNSを眺めても、誰の投稿も同じように見える。
仁は彼女と映画に行ってた。
広大はバイトをサボって麻雀してるっぽい。
“俺は何してんだろ”
って、ふと頭の中で言葉が浮かんだ。
原付きのキーを回して、
走り出した。
気づいたら、
あのライブハウスの前にいた。
中から音が漏れてる。
ドラム、ベース、ギター。
会話でも、BGMでもない音。
足が止まった。
少し迷って、
結局、ドアを押した。
中は暗かった。
小さなステージ。
客は十人くらい。
みんな静かに聴いてる。
ステージの上で、
バンドが最後の曲を演奏してた。
ギターの音が刺さるみたいに響く。
翔琉は壁際に立ったまま、
音を聴いていた。
何も考えられなくて、
ただ“音があった”。
曲が終わって、拍手。
会場の空気が少し緩んだ。
ドリンクカウンターに行って、
「ジンジャーエールください」って言った。
手渡されたグラスの氷が、
かすかに鳴った。
その隣で、
女性が一人、カウンターにもたれていた。
黒いジャケットに白いシャツ。
髪は肩くらい。
横顔が、少しだけ印象的だった。
「初めて来た人?」
いきなり声をかけられて、少し驚いた。
「あ、はい」
「バイト帰り?」
「え? あ、まあ……」
その人は、少し笑った。
「匂い。油の匂い。ラーメン屋っぽい」
「……バレました?」
「わかるよ、私も前の彼氏が厨房で働いてた」
その言葉で、
彼女が“誰かを経験してきた人”だって、すぐにわかった。
けど、それが嫌じゃなかった。
「エミって呼ばれてる」
「え?」
「ここではね。エミ」
「じゃあ俺は、翔琉です」
「翔琉くんね。若いね」
「十九です」
「……かわいい」
笑いながらそう言って、
グラスを軽く合わせた。
その音が、
今日いちばん鮮明に聞こえた。
ライブハウスを出たあと、
夜風がやけに冷たく感じた。
でも、嫌じゃなかった。
胸の中が少しざわざわして、
その理由がまだわからなかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
どうでしたか?
少しでも楽しんでもらえていたら嬉しいです。