4話
読んでくださりありがとうございます。
バイトが終わったのは、夜の十時半。
店の外に出た瞬間、湯気と油の匂いが服に染みついているのがわかった。
息を吐くと、白くなった。
「寒っ……」
春の終わりのはずなのに、夜はまだ冷える。
原付きのキーを回そうとして、ふと隣の建物に目がいった。
ライブハウスのドアが開いて、
人が数人、笑いながら出てくる。
中から漏れる音が、通りまで響いた。
低いベース、ドラムの残響。
全然知らないバンドの音。
でも、その“音”だけで、
少しだけ胸の奥がざわついた。
「お疲れさまです」
声をかけてきたのは店長の川原だった。
いつものようにタオルで手を拭いている。
「島倉、帰るのか?」
「はい」
「最近、ぼーっとしてねぇか?」
「え?」
「皿、割りそうな顔してたぞ」
「……そうすか」
川原はそれ以上何も言わず、
ポケットから煙草を出して火をつけた。
煙の匂いが風に混ざる。
「ま、そういう時期もあるだろ」
それだけ言って、背中を向けた。
翔琉はそのまま原付きにまたがったけど、
エンジンはかけなかった。
ライブハウスの方から、また音が漏れてきた。
今度はギターが前に出てる。
音がでかい。
けど、嫌な音じゃなかった。
ドアの隙間から、光が道路まで伸びていた。
ほんの数秒、その光の中に足を踏み入れようかと思った。
でも、やめた。
「俺が行っても、場違いだし」
そうつぶやいて、
ヘルメットをかぶった。
帰り道。
信号待ちの交差点で、
横断歩道の向こうに二人組の女の人が立ってた。
一人は笑ってて、もう一人は少しうつむいてた。
その“うつむいてる方”が、こっちを見た気がした。
気のせいかもしれない。
けど、視線が一瞬、ぶつかった。
信号が青に変わって、
彼女たちは歩いていった。
髪が風に揺れて、
それだけで印象に残った。
ヘルメットの中で、小さく息を吐く。
「……知らない人なのに」
そう言って、自分でも笑った。
家に着いて、服を脱いだ。
油の匂いが抜けなくて、
思わずため息が出る。
机の上のギターケースを見て、
一瞬、開けてみようかと思った。
でも、またやめた。
「今さら何すんだよ」
声に出したら、
その言葉が部屋に残った。
それでも、
部屋の静けさの奥で、
さっき聞いた音がまだ鳴ってる気がした。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
どうでしたか?
少しでも楽しんでもらえていたら嬉しいです。