太陽神
プクプクと音を立てる。周りの音が一切ない。私だけを切り離されて、静かな世界に置いてきぼり。
「ぷは!」
荒い呼吸を整えるようにして、大きく肩を揺らす。熱いお湯から出たからか、ヒヤリとした空気に触れた。長い髪は水分を含み重く張り付く。
垂れて水面を揺らす音が、やけに大きく響いて聞こえてくる。
苦しくなるまで湯船に浸かり、一気に空気が流れ込んだ。それが、生きている実感となっていた。
モヤモヤとした思いは、ゆらめく湯気となって消えていく気がして心地よい。
浴槽に手をかけて立ち上がる。大きく波打つ湯面が、私を捕まえにやってくるのだ。それを払いのけるように、湯を抜いた。
さっぱりとした私は、ドライヤーもそこそこにして食卓についた。袋からおにぎりを取り出す。
「いただきます」
ビニールの無機質な音が、この場を温めろと言わんばかりに鳴る。
……はいはい、分かってますよ。私は、薄目を開けてビニールを睨みつけた。
そして、何事もなかったかのように笑顔をつくった。
「お母さん、いつもありがとう! 今日はね、学校で小テストがあったの」
味のしないおにぎりを、口いっぱいに頬張る。突っ込めるなら、無理やりにでも胃に押し込みたい。
「お父さん、いつも大好きだよ! 明日は、体育があるんだ。私、苦手だけど頑張るね」
まだ半分ほど残っているが、無理に押し込んだおにぎりを飲み込んだ。
ゴミをまとめ、立ち上がる。
「お腹いっぱい! おやすみなさい!」
そのまま部屋に直行しようとして、はたと足を止めた。心はもうここにはいないのに、重たい体は止まり続ける。
顔を食卓に向け、貼り付けたような笑みを再度作った。
「私も家族の愛を信じているわ!」
ただの儀式。そう思って、毎日続けている。それももう、5年になっていた。辞めたとしても、誰もいないのだからいいのだけど。
私にとってこれは、罪滅ぼし。あの日は、突然やってきた。私たち家族の別れの日。
突然、家の庭が燃えた。自分の身長を、父親の身長を上回る大きな炎の柱を立てて。体が焼けるような熱さだった。思い出すだけで、肌がヒリヒリとしてくるほどだ。
そんな炎の前で、母と父は抱き合って涙を流していた。私には疑問でしかない光景で、体の水分全てが蒸発をしていくのを感じていた。
「ようやく、私たちの番ね!」
「あぁ。太陽神とひとつになれるな……」
もう、そんなことはやめてよ。そう喉に引っかかったまま、出てこなかった。言えたら、違ったのかな? そう思っても後の祭り。
2人は私の方に手を伸ばしてきた……のにも関わらず、振り払ったのだ。
だって、好き好んで炎に飛び込むのは嘘くさい宗教に心が染まった人間だけだろう。私は、後退りをして2人が炎の中に溶けるところをただ見つめることしかできなかった。
今でも忘れられない。
お母さんの、家族なのに? と言わんばかりの目。炎に入っていないのに、お母さんの視線の矢によって私は死んだも同然になってしまった。
火事ということで、すぐに消防車が来てくれたのだ。おかげで、今住んでいる家は無事。
あの日の罰は、いつまでも私の足枷になっていた。こんなことなら、あの日に躊躇わず飛び込むべきだったのだろうか。
そんな考えが浮かび、首を横に振って掻き消す。
生きている、を感じる。それで十分。
「お母さん、お父さん。愛している」
だから今日も、作られたセリフを言葉にする。
この囚われた牢獄だって、幸せの象徴なのだから。
敷布団の中に体を休めて、目を閉じた。
遠くで消防車の音が聞こえてくる。
あぁ、今日も今日とて……どこかで誰かが信じる太陽神とひとつになったんだ。