第8話 白猫と皇太子
明日の朝にライリー様が宿まで迎えに来てくれるというので、ソニア様にまた魔道具で宿屋に帰してもらった。
ライリー様が心配してくださった通り、私が中々、帰ってこないのでセイラさん達は私を探しに行こうかと迷っていたところだったらしい。
そして、その日の晩、ロバートさんが息を切らせて帰ってくるなり叫んだ。
「大変です!」
「おかえり、ロバート」
「おかえりなさい、ロバートさん」
「ただいま! っというか、それどころじゃないですよ! マリアベルさん、探されてますよ!」
「うるさい子ね。もう知ってるわよ」
心配そうな顔をしているロバートさんにセイラさんが呆れた顔で言葉を返すと、ロバートさんは首を傾げる。
「知ってるって?」
「ロバートさんにはご説明しますが、これから話す事は絶対に他人には話さないでほしいんです」
セイラさん達に話をしていた途中だったのと、食事もまだだったので、夕食をとりながら、今日あった出来事とこれからの事を改めて話す事になった。
そして次の日の朝、ライリー様が子供の姿で私を迎えに来てくれた。
ライリー様と呼ぶ様になったのは、昨日の内に皇太子殿下ではなくライリーと呼んでくれと言われたから。
「おはようございます、ライリー様」
「おはよう、マリアベル」
「どうして子供の姿なんですか?」
「ウロウロするなら、この姿の方が安全だし、マリアベルの家に行くなら、この方が面白そうだろう?」
紺のサスペンダーに白シャツ姿で、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべるライリー様に苦笑する。
「私の家族が失礼な事を言うかもしれませんから、普段の姿の方が助かります」
「それを承知の上で行くんだ。それから、昨日、話した通り、マリアベルは正体を隠しておいた方がいいから、馬車の中で違う姿に変化させよう」
ライリー様は少し離れた場所に停めていた馬車まで私を連れてきてくれると、先に乗って私に手を差し出してくれたので、遠慮しながらも手をのせた。
すると、なんだか体が温かくなった気がした。
それは、ライリー様も同じだった様で、私の向かい側に腰を下ろすと笑顔を見せる。
「やっぱり、マリアベルの魔力は心地良いな」
「……今の感覚は魔力なんですか?」
「そうだ。君の場合は魔力が漏れているから、触れなくても感じられるんだが、触れると、よりはっきりとわかるな」
「魔力が漏れている…?」
「君は魔法は使えるだろ?」
「いいえ…。魔力があるだなんて事も初めて知りました」
そんな事を言われたのは初めてだったので焦る。
「私は魔法を使えるんでしょうか?」
「ソニアは鑑定魔法を使えるから、今回の件が終わったら鑑定してもらうといい。ただ、魔力が漏れているという事は補助系の魔法かもしれないな」
「ありがとうございます!」
魔法が使えなくても良いと思っていたけれど、魔力があると言われると嬉しくなってしまう。
エルベルの様な魅了魔法ではない事は確実だけれど、魅了魔法は私には必要ないし、違う魔法が使えるなら嬉しい。
「とにかく、君の姿を変える事にするけど、どんな姿がいいんだ? 動物とかの方がいいか? それなら、俺が抱けるから君も話がよく聞こえるだろ」
「そうですね…。ライリー様に抱いてもらうのは申し訳ない気がしますが……」
今回、家族がどんな言い訳をするのか気になると言ったら、それならライリー様が魔法で姿を変えるから一緒に行こうと誘って下さったから、今、一緒に馬車の中にいる。
「猫でいいか? 簡単に想像できるやつじゃないと難しいんだ」
「かまいません」
頷くと、ライリー様が目を閉じて呪文を唱えた。
ドキドキしながら見守っていると、ライリー様が急に大きく見える様になった。
「………上手くいったんだが…」
ライリー様は驚いた顔をして呟くと、私を抱き上げて続ける。
「君の持っている魔法の力は悪用されたらまずい事になるな…」
「にゃーん?」
どういう事ですか?
と聞いたつもりが、私の口から発されたのは鳴き声だった。
「マリアベル、君は肌が白いからか綺麗な白猫になった」
「にゃー?」
そうなんですか?
と問いかけてみたけれど、やはり鳴き声。
会話にならないので大人しくしていると、ライリー様に撫で回されて気持ち良くなってしまい、実家に着いた時には、ライリー様の腕の中で心地よすぎてとろけてしまっていた。
「殿下、マリアベル様が可愛いからって、どれだけ撫で回したんですか」
私の家の前で合流したソニア様がふにゃふにゃになった私をライリー様から奪い、私の頭を撫でながら怒ってくれた。
あ、気持ち良いです、ソニア様…。
「ソニア、君も同じ事をやってるよ」
喉を鳴らしたからか、フィーゴ様が呆れた顔で続ける。
「というか、僕も抱っこしたいんですが」
「駄目だ。他の男には抱かせん」
「殿下、誤解しないで下さい! 邪な気持ちは全くないですよ!」
猫の私はとても人気者になってしまった。
というか、こんな事をしている場合ではないのでは…?
と、私が思うくらいだから、ライリー様達がそう思わない訳はなく、約束よりも少しだけ早い時間に面会を求め、私達は応接室に通された。
応接室に入ったのはライリー様とフィーゴ様、そして猫の私と護衛騎士が2人。
護衛騎士は座らずに、ライリー様達の後ろに立っている。
私はライリー様の太腿の上で話を聞く事になった。
すると、応接室の扉が開き、お父様ではなく、黒のドレスを着たエルベルが中に入ってくると、カーペットに膝から崩れ落ちて言った。
「皇太子殿下、申し訳ございません! お姉様はもうこの世にはいないようです!」
え…?
見つからないからって、私、死んだ事にされたの?
まあ、見つからないから、そう思う事はしょうがないのかもしれないけれど、それなら見つからないと素直に言えばいいのに…。