第5話 探される人と探す人
宿屋の仕事というのは、なんだかんだと色々としないといけない事があるのだなと実感した。
というのも、この宿屋には食堂があり、宿に泊まったお客さんにのみ、朝食と夕食を出すサービスをしている。
私も食事はそのサービスと同じものを食べるのだけれど、お客さんに対してセルフサービスではなく、セイラさん達が配膳しているのを見て、入り口付近にあるスタンド看板に書いてある、朝の営業時間を見てみた。
朝早く旅立つ人がいるからか早朝の五時から開いていて、その時間よりも前にセイラさん達は起きて準備をしていると聞いた。
受付をしてお客様に部屋番号を伝えて鍵を渡したら、あとはチェックアウトまで何もしないのかと思っていたけれど、お客様が帰ったら部屋の掃除をしたりしないといけないし、その他にもやらないといけない事はあるので、何か出来る事を増やしていって、セイラさん達の役に立ちたいと思った。
「料理は口に合うかい?」
セイラさんの様な温かい雰囲気を持った白髪のぽっちゃりしたコック服姿のお爺さんが私の席までやって来て尋ねてきたので笑顔で答える。
「おはようございます。とても美味しいです」
屋敷で食べていた朝食よりも質素だし、パンも柔らかさはないけれど、なぜだかここで食べる食事の方が私には美味しく感じた。
「おはよう。口にあったなら良かったよ」
そう言って、満足した様にお爺さんは去っていった。
後から来たロバートさんに聞くと、先程の人は彼のお祖父さんでセイラさんの実のお父さんなんだそう。
2人を助ける為に調理免許を持っているお祖父さんが料理を作っているとの事だった。
朝食を食べ終えた後は、早速、宿での受付嬢の仕事を開始した。
1日目なので、セイラさんが横に立って色々と指導してくれて、厄介そうな常連のお客さんの時は交代して、どんな対応をしたら良いのかなどを勉強させてもらった。
宿屋を利用するのは旅の商人が多く、社交的な人が多くて助かった。
まごまごしている私に苛つく様子も見せないのは、その人の性格もあるのかもしれないけれど、基本は商売人で表情や態度に出さないからだと思われた。
宿屋はこの辺ではここしかないからか、たくさんの人を受け入れられる様に3階建ての大きなお屋敷の様になっていて、一階はフロントと食堂と厨房、従業員の休憩室などがあり、二階と三階が客室になっていて、それぞれの階に16部屋ずつあるそう。
満室になる事は今までにないらしいけれど、少なくとも半分は埋まるらしいから、暇な日はないと聞いた。
いつか、この宿が満室になる日が来たら嬉しいけれど無理かしら?
最初はぎこちなかったけれど、何度か同じ様に仕事をこなしていくと、なんとなく流れを把握できた。
「覚えられそうね」
「今はただ受付するだけですから…。それにイレギュラーな事には対応できないと思います」
お客さんが途切れた時にセイラさんに話しかけられて笑顔で頷くと、新聞を渡してくれた。
「皇太子妃が決まったみたいよ。といっても、皇太子妃になる方と連絡がとれなくて困っているみたい。許可なく名前を公表できないから、大々的にも探せないようね」
「公表したのは良いけれど、本人に断られたら大変ですものね」
実際、断れる人なんていないでしょうけれど…。
それにしても、これは今日の朝の新聞だから、皇太子妃が決まったのは昨日って事よね…?
エルベルではなかったのかしら…?
それに連絡がとれないって…?
「まさかね…」
私が皇太子妃に選ばれるだなんて事はありえない。
だって、エルベルの魅了は年々強くなっていってるんだから、あの日のメンバーの中から選ばれるなら、エルベルしかいない。
何より私は、ライリー様としかお話をしていないから、興味を持たれるわけがないんだもの。
***
皇帝である父から「お前の意中の女性はお前と結婚するのが嫌で逃げたらしい」と言われ、渡された書簡を執務室に帰ってから目を通すと、まさしく、その通りの事が書かれていた。
『誠に有り難い申し出ではありますが、マリアベルは皇太子妃になりたくないと泣きながら家出してしまいました。現在、探しているところですが、賊に襲われ、もうこの世にはいない可能性があります。よろしければ、妹のエルベルはいかがでしょうか。昨日、皇太子殿下とお話させていただいたのはエルベルでございます。ぜひ、エルベルを皇太子妃にお願い致します』
「何で俺の嫁をこの男に決められないといけないんだ」
「我々が調べないとでも思ってるんですかね」
ため息を吐いたライリーに、後から書簡を読んだフィーゴが呆れた顔になった。
「俺とマリアベルがやり取りをした事を知らないから言えるんだろうが、皇帝に嘘をつく上に妃を薦めてくるんだから、大した根性だ」
ライリーが話し終えると同時に執務室の扉が叩かれ、ライリーの許可を得て入ってきたのは、飾り気のない白いブラウスに、黒色のフレアスカートを着た女性だった。
長い黒髪をポニーテールにした、ライリーの側近の1人である公爵令嬢のソニアは、ライリーに向かって一礼した後、整った顔を歪めて報告した。
「調べましたが、マリアベル様は先日、離宮から帰られてすぐに家を追い出されているようです」
「…何で追い出されたんだ?」
「フィーゴとではなく、皇太子殿下と話をしていたという理由だそうです」
「意味がわからん。そんな事で何で追い出すんだ」
「わかりません。昔から、シュミル伯爵はエルベル様に甘いようですので、それが原因かもしれません」
ライリーの言葉にソニアが答えると、フィーゴが反応する。
「魅了か…」
ライリーがフィーゴを影武者にしているのは、見た目が似ているからだけではなく、他にも理由があり、フィーゴも魅了魔法が使えるだけでなく、相手からの魅了魔法にも耐性がある為だ。
「とにかく、マリアベルが今、どうなっているか調べてくれ。俺の探知の魔法で調べられるほど、マリアベルと長く接したわけじゃないから追えそうにない」
「承知いたしました。元婚約者宅に行ったという事までは確認できていますので、元婚約者に確認をとります」
「婚約者のところへ行って、婚約破棄を告げられたというところか。助けを求める女性に酷い事をする奴だな」
「聞き取りついでに殴っても良いですか?」
「体術を嗜んでいるとはいえ、お前は公爵令嬢なんだからやめておけ。それよりもマリアベルを探してくれ。婚約者に断られた後、手紙を送ってこれるくらいだから、安全な場所を確保できたんだろうが…」
不安げな表情を見せるライリーにソニアが言う。
「早急にマリアベル様の居場所をお調べ致します」
「頼んだ」
首を縦に振ったソニアが部屋から出て行くと、フィーゴがライリーに尋ねる。
「これからどうされるおつもりで?」
「仕事のノルマを終えたら、シュミル伯爵家に行く。色々と聞きたいことがあるからな」
「明日は来客がありますので、2日後の朝に伺うと連絡をしておきます」
「シュミル伯爵には、お望みの子供の姿で会いに行ってやろうと思うんだが、どう思う?」
「性格が悪いと思います」
小さな頃からの付き合いであるフィーゴは、ライリーに遠慮なく答えたが、すぐに笑顔で言葉を続ける。
「でも、僕も個人的には殿下に子供の姿で行っていただきたいですね」
「だろう? どんな反応をしてくれるのか楽しみだ」
ライリーはにやりと笑った後、これから別の意味で忙しくなりそうだと、止めていた仕事を再開した。