第3話 送った手紙と届いた手紙
全然知らない人だけれど、貴族に雇われている騎士だという事と、私にはもうこのメモを頼る以外に選択肢がなかった。
修道院という手もあるのかもしれないけれど、残念ながらこの土地の近くにはなく、何日も馬車で乗り継いでいかないといけない上に、お金を渡さなければいけない。
エルベルと一緒に買い物に行ったら途中で置き去りにされた事があったので、念の為にとポーチに現金を入れていたけれど、修道院に渡さないといけない金額には到底足りるわけがない。
藁にもすがる思いでメモに書かれてあった宿屋に向かうと、茶色の長い髪を後ろで一つにまとめた、背が高くてぽっちゃりとした温和そうな女性が応対してくれ、メモを渡すと、自分が彼の母親だと教えてくれた。
白い肌がとても綺麗で、ぱっちりした目がチャーミングな奥様は、普段、自分がやっているという受付の仕事を旦那様に任せ、奥の部屋で私の話を聞いてくれた上に、途中からは号泣しはじめてしまった。
「酷い! 酷いわ! 実の娘になんて仕打ちを! そんな家族、こっちから捨ててやったらいいのよ!」
「もう捨てられてしまいましたから…。でも、もう戻る気もありません。ただ、これからどうしたら良いのかわからなくて…」
「えーと、お名前はなんだったかしらね?」
身の上話をしたというのに、自分の名前を伝えていなかった事を思い出して、座っていた椅子から立ち上がりカーテシーをする。
「マリアベルと申します。初めてお会いしたにも関わらず、親身になってお話をきいていただけて、とても感謝しています」
「綺麗なお辞儀ね。って、貴族の方なんだから当たり前か。顔も可愛いし、受付嬢に良いかもしれないわ!」
奥さんの名前はセイラさんで、セイラと呼んでくれと言うので、さすがに呼び捨てにする事は出来ず、セイラさんとお呼びする事にしたのだけれど、セイラさんは涙をハンカチで拭いてから続ける。
「もう平民なんでしょ? 良かったらうちで働かない? お給料も払うし、寝る場所と食事は提供してあげられるから」
「え? よ、良いんですか!?」
「もちろん! さっきまでの話を聞いて、助けられるのに助けてあげない方がおかしいでしょう!」
セイラさんは豊満な胸を揺らし、両拳を握りしめて続ける。
「マリアベル様には平民の世界は辛いかもしれないけれど、うちで働いてくれたら、あたし達だってサポートできるから、一人ぼっちで平民の暮らしに放り出されるより良いと思うのよ!」
「……本当にお言葉に甘えてしまっても良いんでしょうか?」
さっき、人に騙されたとわかったばかりなのに、まだ会って間もない人を信じても良いのかわからなかった。
それに、見ず知らずの私をそんなに簡単に雇おうだなんて、どうしてそんな事を思えるのかもわからなかった。
「私が嘘をついてるかもしれないのに…」
「そんな風には見えないわ。それに、あなたの着ている服、平民の暮らしでは到底買えなさそう。そんな人がトランクケースを持って平民しか泊まらない宿屋に来るんだから、それだけでも何かあったのかなと思うわよ。悪い事をして逃げたりしてるわけじゃないなら助けたいと思うのが普通でしょ」
「……ありがとうございます」
「ああ、泣かないでよ! あたしまでまた泣いちゃうわよ!」
セイラさんはそう言うと、私よりも大声を上げて泣いてくれた。
そのせいか、声を上げて泣くなんて、今までははしたないと思っていたけれど、張り詰めていた糸がぷつんと切れた様に、私も声を上げて泣いた。
しばらくしてお互いに泣き止むと、セイラさんの化粧が落ちて大変な事になっていたので、化粧を落としてくると言って席を外された。
私は待っている間に、ペンをお借りしてポーチに入っていた手紙と便箋を取り出し、ライリー様に手紙を書く事にした。
ほんの数時間前まで婚約解消なんてありえないって話をしていたのにね。
『こきげんよう、ライリー様。早速ですが、婚約解消ではなく婚約破棄されてしまいましたので、お約束通りお知らせいたします。余計なお世話かもしれませんが、ライリー様の婚約者になる方、もしくは婚約者の方が素敵な方でありますように。お元気で。マリアベルより』
私みたいに変な婚約者に引っかからないでくださいね。
という願いを込めながら封筒を閉じると、その瞬間に手紙が消えてなくなった。
手紙が勝手に瞬間移動したみたいだった。
ライリー様はもしかして、すごい魔法使いの息子さんとかかしら?
魔法なら大丈夫だと思うけれど、無事にライリー様の元に届きますように。
そう願っていると、セイラさんが戻ってきて、私がこれから住む事になる部屋に案内してくれた。
***
「殿下! もう僕は無理です! 女性が苦手な僕に女性の相手をさせるのはやめてくださいよ!」
宮殿内の一室で、先程まで皇太子のふりをしていた男が文句を言うと、ソファーに座り、足を伸ばしていた白シャツ、黒のズボンというラフな格好のライリーが答える。
「皇太子妃になる相手なんだから、客観的に見て判断した方がいいだろ」
「それはそうかもしれませんが、子供になる必要ありますか!?」
「子供が相手なら油断して口を滑らせる事が多いんだよ」
「そのわりに殿下が話した女性って、今日でやっと1人目じゃないですか!」
「婚約者がいたのが残念だったな。魔力も多いほうだし、何より心地よい魔力だったのに」
「そう感じるという事は相性が良いんでしょうね」
ライリーの影武者であるフィーゴは大きなため息を吐いて尋ねる。
「いつまで続くんでしょうか、これ」
「これって言うな」
呆れた顔をしながらライリーが子供の姿から、フィーゴによく似た大人の姿に戻った瞬間だった。
彼の太腿の上に白い封筒が現れた。
「嘘だろ」
「殿下! 危険なものかもしれません!」
「大丈夫だ。これは俺が渡したものだから」
警戒するフィーゴを落ち着かせた後、ライリーはフィーゴに手紙の封を切らせて中身を読んだ。
「…運命の相手なんて信じてなかったが、もしかして? というやつだな」
中身を読んだライリーは呟き、フィーゴに手紙を渡す。
「……そうとしか思えませんねぇ」
受け取ったフィーゴは手紙を読んだ後にそう呟くと、ライリーに一礼してから部屋を出て行き、ライリーの側近達が控えている部屋に入ると叫んだ。
「皇帝陛下と皇后陛下に報告を! それから、各国の首脳を緊急招集してくれ。皇太子妃が決まった!」