第30話 奉仕する白猫と悩む皇太子
「ああ、癒やされます! 本当に猫って可愛いですよね。マリアベル様は天使です! いや、猫界の天使かもしれません!」
「にゃー」
大げさですよ。
と否定したいのだけれど、相変わらず猫の声しか出ない。
「マリアベル様、これはどうですか?」
目の前に出されたのは長い棒の先に何かの羽がついたおもちゃで、目の前で揺らされると、なぜか目で追ってしまう。
そして、無性に捕まえたくなってしまい、気が付くと、そのおもちゃの先に飛びかかってしまっていた。
フィーゴ様にそうやって遊んでもらっていると、仕事中のライリー様が不機嫌そうな声を出す。
「考えたら、別に猫になるのはマリアベルじゃなくてもいいと思うんだが?」
「殿下の魔法の事を知っている人は限られてるじゃないですか。知っている人間が僕の癒やしの為に猫になってくれると思います?」
「ソニアならなってくれると思う」
「ソニアが? そんな事はないでしょう。彼女は魅了魔法持ちの僕を嫌ってますからね」
「なんでそう思うんだよ」
「にゃー、にゃー!」
そうですよ、そんな事はないですよ!
と伝えたいのだけれど、猫の姿なので、鳴く事しか出来ない。
今日は、フィーゴ様のお誕生日で、誕生日プレゼントは何が欲しいかと聞いたら、猫化した私をもふもふしたいと言われたので、ライリー様に頼んで、今日、1日は皇太子妃教育もお休みし、フィーゴ様の専属猫になった。
さすがのライリー様も誕生日のフィーゴ様を祝いたい気持ちがあるので、専属猫を許可してくださったけれど、お腹など、体の内側に触るのは駄目だという条件付きだった。
でも、フィーゴ様に、こんなに喜んでもらえるなら、定期的に猫化してあげても良いかもと思ってしまう。
「にゃ」
遊び疲れて休憩している時にそんな事を思い、右の前足をフィーゴ様のお腹に当てると、フィーゴ様がしまりのない顔になった。
「可愛いぃ!」
フィーゴ様のキャラが壊れてしまいそうなのが心配だけど、今日はお仕事もお休みだし、別にいいわよね。
お休みなのにライリー様の執務室にいるのは、ライリー様が目の届かないところで仲良くされるのが嫌だとわがままを言ったから。
「フィーゴ、俺が猫化してやろうか」
「ご遠慮します!」
「即答だな、おい」
ライリー様はふんと鼻を鳴らした後、お仕事が忙しいのか、書類に目を戻した。
「マリアベル様、お腹すきませんか? 猫でも人間でも食べられそうなお菓子を用意しましたよ」
「にゃっ!?」
お菓子!?
でも、猫とかって味のあるものを食べてもいいのかしら?
私の胃が猫のものなのか、人間のものなのかわからないのよね。
「チョコレートは食べたら大変なことになると聞いていますし、絶対に駄目ですから、違うものにしましたよ」
「にゃー」
チョコレートは高級品だから、滅多に食べれないんだけど、どうして、チョコレートの話が出たのかしら?
食べれないなら名前を出さなくてもいいのに…。
「チョコレートを誕生日プレゼントにもらったので、マリアベル様が人間に戻ったら食べましょう」
「にゃ、にゃ、にゃー!」
い、い、いいんですか!?
チョコレートは、私が住んでいた場所ではあまり売られていなくて、誰かにもらってもエルベルに取られて食べた事がなかったんですよー!
両前足で何度もフィーゴ様のお腹をてしてしと叩くと、フィーゴ様の頬がゆるむ。
「殿下、見ましたか!? すごく可愛くなかったですか! マリアベル様は猫界のプリンセスです!」
「にゃうー」
それはないです。
みんな、自分の家の猫さんがプリンセスやプリンスですからね。
フィーゴ様の中でというのならまだしも。
「可愛い、可愛い」
デレデレしているフィーゴ様は私の頭や背中、眉間の辺りを優しく撫でてくれた。
気持ち良いです。
喉が鳴っちゃいそうです。
目をつぶって、ゴロゴロ、喉を鳴らしていると、ライリー様が立ち上がって、こちらにやって来ると、フィーゴ様が座っている向かい側のソファーに座った。
何か言いたそうにされているけど、やはり、フィーゴ様の誕生日という事もあり、我慢しているみたい。
「殿下、どうされたんですか」
「少しくらい休憩しても良いだろ」
「……しょうがないですね。少しだけ、マリアベル様をお貸ししますよ」
「お前のものじゃないだろ」
「今日は僕が猫のマリアベル様を独り占めしても良い日じゃないですか」
「それはそうかもしれないが…」
フィーゴ様は私の両脇を手でつかんで、ライリー様に渡そうとしてくれたのだけど、その際、お尻を支えてくれなかったので、足がぶらーんとなってしまった。
出来れば、お尻を支えてもらいたかったですけど、ライリー様が怒るから駄目なのね。
まあ、私は本当の猫じゃないし、今回は許すとしましょう、って、中々、ライリー様が受け取ってくれない。
どうして?
「足が、ぶらぶらして、可愛い」
「殿下、見て下さい! 後ろ姿も可愛いです!」
「本当に可愛いな」
フィーゴ様だけでなく、ライリー様までデレデレになってしまった。
猫ってすごいわ!
結局、ライリー様に私が手渡されるまでは、かなり時間がかかった上に、その後、美味しいお菓子を食べさせてもらい満腹になった。
そして、ライリー様とフィーゴ様に撫で撫でされて、気持ち良くなってしまった私は、いつの間にか眠ってしまっていたのだった。
***
「気持ちよさそうに寝てるな」
「殿下、起こしちゃ駄目ですよ」
「って、お前は撫でようとしてるだろ」
「しーっ!」
フィーゴは自分の膝の上ですやすやと眠っているマリアベルの背中を優しく撫でてから言う。
「別に聞かれても良い事だと思うので、今話しますが、エルベル嬢の所にソニアが行っているみたいですね」
「ああ。エルベル嬢は修道院でも大人しくしていないみたいだ。それに、ソニアがいる事によって、マリアベルの元婚約者も近付けない」
「エルベル嬢は姉妹だったからマリアベル様に何か思う事があったとしてもおかしくはないですが、キラック公爵令嬢は何なんでしょう? 殿下が好きだから、ですか?」
「さあな。ただ、そうであったとしても、して良いことと駄目な事の区別がつかないのは困ったもんだ」
ライリーは大きく息を吐いてから続ける。
「あと、マリアベルの元婚約者がマリアベルに会いたがっている事も気になる。会って何を話すつもりなんだ」
「よりを戻したいとかじゃないんですか」
「皇太子の婚約者にそんな話をするつもりか」
ライリーが鼻で笑うと、フィーゴは苦笑して言う。
「マリアベル様次第じゃないんですか? マリアベル様が元婚約者にそんな事を言われて、よりを戻したくなったら…」
「……わかってる」
ライリーは目を伏せた後、勢いをつけて立ち上がる。
「さて、仕事の続きをするか。明日はキラック公爵家に行くんだ。そのついでに、元婚約者にも確認してみる」
「承知しました。 ではお仕事頑張ってください」
すやすやと眠るマリアベルの寝顔を見た後に、フィーゴはライリーの方を見て微笑む。
ライリーは眉間に眉を寄せて不満そうな意思を示したが、寝ているマリアベルを見て頬を緩ませると、何も言わずに仕事を再開した。




