第29話 微笑む公爵令嬢と怯える元伯爵令嬢
結局、エルベルは連行される際に、かなり暴れたらしいけれど、騎士の手によって押さえつけられ、不敬罪で牢に入れられるか、もしくは強制労働をさせられるか、修道院に行くか、どれかを選べと言われ、渋々、修道女の道を選んだそうだった。
自分が悪い事をしていたのに、かなりふてぶてしい態度だったと言うから、困ったものだわ。
今回、エルベルの旅にソニア様だけでなく、フィーゴ様も同行してくれることになった。
それならとライリー様が転移の魔導具をソニア様に渡してくれたおかげで、半日もかからない内に、二人はエルベルを送り届けて帰ってきた。
そして、次の日に、ソニア様が私に会いに来てくれて、その時の様子を教えてくれた。
「エルベルがご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「大丈夫でしたよ。少し脅したら、すぐに大人しくなりましたから」
「お、脅す…?」
「失礼致しました。静かにする様にと少し強めにお願い申し上げたくらいです」
「そ、そうですか……。ありがとうございました」
ソニア様は笑っていた。
でも、少し強めにという言葉が強調されていたので、何かあったのだということはわかった。
エルベルがソニア様にとって不快なことをしてしまったのでしょうね。
本当に申し訳ないわ。
「とんでもない事でございます。それから、今日はあともう1つ、お伝えに参りました」
「……何でしょうか?」
「エルベル嬢の誘拐の件に、キラック公爵令嬢が捜査線上にあがりましたので、キラック公爵令嬢から話を聞く事になったそうです」
「…そうなんですね」
「今回はライリー様も姿を変えて皇宮警察の1人として、キラック公爵令嬢への尋問に立ち会われる事になったので、その事をお伝えしたくて…」
「……ライリー様が? どうしてですか?」
「今はまだ疑いの段階です。証拠がなければ捕まえる事は出来ません。それに、キラック公爵がもみ消そうとするでしょう。そうなった場合に、そんな事があったという事はライリー様が知る事が出来ます」
捜査に行った人達がキラック公爵に買収されてしまった時の事を考えているという事なのね。
たとえそうだとしも、ハインツさん達に頼んだらいいような気もするんだけど…。
そんな私の考えを読み取ったかのように、ソニア様が笑顔で言う。
「ライリー様は自分からマリアベル様を引き離そうとする人間は、いつでも駆除出来るようにしておきたいようですね」
「駆除……」
「駆除、は駄目ですね。排除、でしょうか」
物騒な事を言われたので、ドキリとしたけれど、言い直してくださったのでホッと胸をなでおろす。
さすがにそんな理由で人を殺したりしてはいけないし、しないとも思うけど。
でも、尋問ってどんなものなのかしら。
ちょっと気になるけど、遊びじゃないんだから、連れて行ってほしいと言っても断られるわよね。
そういえば、エルベルは修道院で上手くやれているかしら?
……無理かしらね。
***
マリアベルがエルベルの事を思い出していた、ちょうどその頃。
「どうして、私がこんなところにいないといけないのよ! 家に帰らせてよ!」
「エルベル、少し落ち着きなさい?」
先輩のシスターに窘められたが、エルベルは一向に気にせず、シスターを睨んで叫ぶ。
「うるさいわね! 平民のくせに気軽に話しかけないでちょうだい!」
「ここでは平民も貴族もありませんよ。共同生活しているのですから」
「あなた達なんかと共同生活なんてするわけないでしょ! ご飯もまずいし、質素だし!」
エルベルは与えられた部屋のベッドの上で寝転んだまま答えた。
そんな彼女を憐れんだ目で見つめながら、シスターは言う。
「エルベル、あなたは今まで魅了魔法を使って、たくさんの人を騙して傷つけてきたと聞いています。ですが、更生するのは今からでも遅くありません」
「うるさいって言ってるでしょ!」
エルベルはシスターに向かって枕を投げつけて続ける。
「部屋から出て行って! 私は何もしないからね! あと、ご飯はもっと豪華なものにしてちょうだい!」
自分の立場がわかっていないエルベルはわがままな事を言ってばかりだった。
本来なら2人部屋だったのだが、1人で寝たいといって、もう1人のシスターを部屋から追い出したり、食事は部屋まで運ばせるなど、迷惑を掛けてばかりだったが、昨日の間は、こちらに来たばかりだからショックを受けているのだろうと、他のシスター達も気を遣って何も言わなかった。
けれど、一晩経っても、落ち着いた様子はなく、ワガママはエスカレートするばかり。
困ったシスターは、大きくため息を吐いてから、エルベルを連れてきてくれた貴族の女性が言っていた事を思い出した。
「そんな調子なら、ご迷惑をおかけするけれど、ソニア様にご連絡させてもらうわ」
シスターがそう言った時だった。
エルベルは勢いよくベッドから起き上がって叫ぶ。
「や、ややや、やめてよ! どうしてそんな事をするのよ!」
「あなたを連れてきてくれた時に言っていたの。マリアベル様の悪口を言ったり、私達の言う事をきかない時は、いつでも連絡してほしいと」
ソニアは実際はこの後に「根性を叩き直しに来ますので」と伝えていたのだが、シスターはそこまでは口にしなかった。
「駄目よ、あの人は駄目よ! おっかないもの! っていうか、どうして、あんた達は私の魅了がきかないのよぉ!」
「それについてはわかりません。さあ、エルベル。まずは、神に祈りを捧げにいきましょうね」
立ち上がったエルベルの腕を優しくつかみ、シスターはエルベルを促す。
「もしかして、首につけられたネックレスは魔力封じとかじゃないでしょうね!?」
エルベルは昨日の内に、ソニアから強制的にシルバーのネックレスを付けさせられていた。
魔法でもかかっているのか、自分や他の人間に頼んでも外す事が出来ない。
エルベルが逃げない様に見張っていた騎士がいたのだが、いつもなら流し目をすれば落ちていたはずの男性達も、苦笑するだけで相手にしてくれなかった為、ソニアがつけたものが魔力封じのものだと気が付いたようだった。
それだけではなく、ソニアにマリアベルの悪口を言った時の事を思い出して、エルベルは体を震わせた。
(あの人、私を殺すような勢いで怒っていたわ…。どうして、マリアベルばかり好かれているのよ! まさか、マリアベルも魅了魔法を使えるの!?)
「魅了魔法を使えなくたってマリアベルには負けないんだからぁ!」
叫ぶエルベルを見たシスターは大きくため息を吐いて、ソニアに連絡を取る事にした。




