第28話 噂と詰んだ事に気付かない元妹
エルベルと話を終えた次の日、皇太子妃教育の授業を終えた私の所に、ソニア様がやって来た。
「エルベル嬢が、マリアベル様の事を悪女だと言いふらしておられるそうです。それを聞いたライリー様がエルベル嬢を修道院には行かせず、王族の婚約者への不敬だという事で捕まえようと仰っていますが、どうされますか?」
「え…? えーっと、どういう事でしょうか」
テーブルをはさんだ向かい側のソファーに座っているソニア様に尋ねると、詳しい話を教えてくれた。
まず、エルベルは昨日、宮殿を出てから、キラック公爵令嬢と連絡を取り、おしゃべり好きで有名な貴族に会わせてほしいとお願いしたみたいだった。
キラック公爵令嬢がエルベルに紹介した人物は社交界ではとても有名な人で、陰ではおしゃべり夫人といわれていて、彼女に目をつけられたら厄介な事になるという事でも有名らしい。
その人のせいで、まだ丸一日も経っていないのに、私が悪女だという噂が社交界だけでなく、平民の間にまで回っているとの事だった。
「悪女って、どんな噂なんでしょう?」
「色々ですね。その内の1つに、盗みを働いた事があるとか…」
「盗み? そんな事はした事はありません! 別に私の家はお金に困っていたわけではないですし、たとえ、何かを盗んだとしてもエルベルにとられるので一緒ですから、そんな事しても無意味ですもの!」
そんな噂を皆が信じているのかと思って苛立っていると、ソニア様が苦笑して首を横に振る。
「皆、そんな噂は信じておりません。それに、おしゃべり夫人もマリアベル様がこんな人物らしいという噂をエルベル嬢から聞いたと必ず念押しして言っているんだそうです。さすがの夫人も自分が不敬罪になるのが嫌で、そんな噂を信じるなという注意喚起として噂を流しているようです」
「…注意喚起?」
「盗みの話に関しては、自分の家が貧乏だと言っているようなものですし、調べればシュミル伯爵家の財政はわかりますので、盗みなど働く必要がないとわかるからです。ですので、こういう噂はあるけれど、それは嘘だと流してくれているようですね」
「おしゃべり夫人も、ただおしゃべりが好きなだけではなく、自分の身を守る事は忘れていないんですね」
顎に手を当てて感心して言うと、ソニア様は微笑む。
「社交界で長く生きていくには、そういう処世術も必要なんでしょうね。キラック公爵令嬢やエルベル嬢に協力する様に見せかけて、皇帝側に良い印象を与える動きをされています」
「私がそんな事をするわけがないと言ってくださっているんですものね。でも、火のないところに煙は立たないと思う人もいるのでは?」
少しだけ思案してから尋ねると、ソニア様は苦笑する。
「平民にしてみれば、貴族が盗みをする必要はないと考えている人が多いですし、そんな噂が流れても嘘だという話が流れてきているので、性格の悪い誰かが、マリアベル様を陥れようとしているという様に取ってくれているようですね」
全ての人がそう思っているわけではないにしても、多くの人がそう思ってくれているのなら良かったわ。
ホッと胸をなでおろしてから聞いてみる。
「エルベルは何をしたいんでしょうか」
「わかりませんが、マリアベル様を皇太子妃候補の座から引きずり落としたいんじゃないでしょうか? もしくは、マリアベル様に対する嫌がらせ…?」
「でも、噂を流したって意味がないんじゃ」
「印象が悪くなれば、マリアベル様の評判も悪くなりますから、それを狙ったのかもしれませんね。ですが、伯爵令嬢と皇太子妃候補では、普通の貴族なら、どちらに付いた方が良いかは考えなくてもわかりますし、エルベル嬢の言っている内容があまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、皆、信じる気にならないといったところみたいです。…そういえば、男性に対しては、エルベル嬢自らがアピールしているようです」
どんな風にエルベルがアピールしているのか、あまり聞きたくなかったけれど、アピールしている内容だけ聞いてみると、「マリアベル様からどんな噂を聞いたかわかりませんが、それは嘘です。私はとても良い子です」なんて事を言っているらしい。
私はエルベルの噂なんて流してないんだけど?
男性達も、エルベルの噂を私発信で聞いた事がないという事で、魅了魔法がかかっている人は別として、それ以外の人達はエルベルを「近付いてはいけない」という人間として認識しているようだった。
「エルベルの修道院行きの手配は、またキラック公爵家がするんでしょうか?」
「そういう事になっていましたが、マリアベル様がエルベル嬢を罪に問わず、修道院送りにするだけでいいと仰るのであれば、手配はハインツにしてもらい、修道院までの護衛には私が付くつもりです」
「ソニア様が!?」
「はい」
ソニア様が護衛に付くというのであれば、ソニア様に対する護衛も付くだろうから、申し訳ないけれど、そうしてもらう方がエルベルを確実に修道院に行かせるには良いかもしれない。
「でも、ご迷惑では…」
「とんでもございません。ぜひ、私もエルベル嬢とお話してみたかったのです」
そう言って、ソニア様は微笑んでくれたのだけれど、その顔がなぜか、とても怖く思えてしまったのは気の所為なのかしら?
***
「ちょっと、エルベル! どういう事なの!?」
エルベルが宮殿に行った次の日の夕方、カエラが用意してくれた部屋で、のんびりと寛いでいたエルベルの元に、カエラがやって来るなり叫んだ。
そんなカエラにエルベルは呑気な顔で尋ねる。
「一体、どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないわよ! あなたが言っていた通りになっていないじゃないの!」
「どういう事ですか?」
昨日の内に、マリアベルの悪い噂を出来る限り、色んな人に話をしておいたエルベルは、今頃はマリアベルを皇太子妃候補から引きずり降ろそうとする行動が始まっているものだと思い込んでいた。
そして、空いた皇太子妃候補の座に自分が座るつもりでいた。
なぜ、自分が座れると思ったのかは、エルベルの思い込みなので理由はエルベルにしか理解できない。
「どういう事って! マリアベル様の悪い噂を流せばマリアベル様を皇太子妃候補の座から引きずり降ろせると言ったから協力したのに、全くそんな事になっていないじゃないの!」
「え? まだ噂がまわっていないんですか?」
「そんな訳ないでしょう! 噂は回っているけれど、あなたが嘘をついているという噂になっているのよ!」
「そ、そんな…!」
驚いたエルベルが座っていた椅子から立ち上がった時だった。
ビークスが部屋にやって来て叫んだ。
「お嬢様、大変です! 皇太子殿下からの伝令と多くの騎士がやって来て、エルベルの身柄を引き渡せと言っています!」
予想外の出来事に、エルベルは取り乱して叫ぶ。
「嫌よ! 修道院になんか行きたくない! 私はそんなところで人生を終える人間じゃないのよ!」
エルベルは窓の方に向かって歩いていき、窓の外を見た。
すると、屋敷の外にはライリーが派遣した多くの騎士が、エルベルの逃げ道はないと言わんばかりに多くの場所に配置されていた。
(大丈夫、大丈夫よ。私には魅了魔法があるんだから!)
エルベルは大きく深呼吸してから気持ちを落ち着かせると、エントランスホールに向かう事に決めた。
この時の彼女は、相手側が魅了魔法への対処をしてきている事など思ってもいなかった。




