第20話 近付く2人と後悔する公爵令嬢
キラック公爵令嬢が私の所にやって来た次の日に、ビークスが彼女の執事になり、なんとエルベルが彼女の侍女になったという話を聞かされた。
エルベル達を監視していた人が、エルベルが大声で自慢げに話をしていたのを聞いたのだそう。
エルベルに侍女なんて務まるのかしらと思ったけれど、効果が弱まっているにしても、彼女には魅力魔法があるし、女性相手でも魅力魔法の効果はあるから、思ったよりも苦労はしないかもしれない。
今日はライリー様の仕事が早く片付いたみたいで、ダンスの練習に付き合ってくださる事になった。
でも、今の話をライリー様が教えてくれたので、私の頭の中はそれどころではなくなってしまった。
「キラック公爵令嬢にエルベルが魅力魔法を使える事を教えて差し上げた方がよろしいのでしょうか?」
「知っている以上、何も言わないわけにはいかないだろうし、伝えるようには指示しておくが、彼女も状態異常の耐性はある程度は持っているはずだ」
「高位貴族はそういうものなんですか?」
「命を狙われる可能性が高いからな。俺の場合も子供の頃に何度か命を狙われて、その日は全く眠れなかった。その事もあり、どこかに泊まった事はない。だから、君が働いていた宿屋なんかにも泊まってみたいが……」
「私が働いていたところは、さすがに駄目でしょうけれど、どこかの国に招待された時はどうされるんですか?」
音楽は鳴らさず、踊りもせず、私とライリー様は組んだ状態で立ち話を続ける。
「どういう事だよ」
「セキュリティがしっかりしたところなら……」
「寝首をかかれないとは限らないだろ」
「……」
覚悟はしていたけれど、私はそんな危険な世界に足を踏み入れようとしているのね……。
「安心しろ、マリアベル。君を危険な目に遭わせるつもりはない。俺は自分よりも大事な人に何かある方が嫌なんだ」
「私もそうです! ライリー様が危険な目に遭うのは嫌です」
「……へえ」
ライリー様が笑顔で私を見つめる。
私より、頭1つ分くらい背の高い彼を見上げて睨む。
「何が面白いんですか」
「マリアベルが俺の事を大事な人認定してくれているのが嬉しくてな」
「何だか、殿下の足を踏まなければいけない魔法にかかりそうです」
「そんな魔法があるのかは知らないが別にいいぞ。怪我してもハインツに治してもらえるし」
「治癒魔法って、とても魔力がいると聞きましたし、ハインツ様を使わないで下さい」
「マリアベルが魔法を使ってくれたらいいだろ?」
「……」
ここ最近の私は魔力をコントロール出来る様になっていて、気を抜いていても魔力が流れ出ない様になった。
それに自分が強化魔法を使いたい時と思った時にだけ使える様にもなった。
だから、ハインツ様の治癒魔法も…と言おうとしているんだと思う。
もちろん、治癒魔法を使ってもらわないといけない時になったら、私の力だって惜しみなく使うつもりだけれど、足をわざと踏んで、皇太子殿下の足の骨を折って治癒魔法を使わせる事になったら最悪だわ。
「……ライリー様が怪我をしないのが一番です」
「それはそうだな」
ライリー様は私の額にコツンと自分の額を当てた。
どうして、ライリー様は私をこんなに大事にしてくれるのかしら?
強化魔法が使えるから?
魔力が心地良いから?
私自身の事を好きではないのよね?
「そんなに見つめられると照れるだろ」
「……ライリー様はどうして私を選んでくださったんですか?」
「……どうしてそんな話をするんだよ」
額を当てたままライリー様が会話を続けるので、私もそのままの状態で言葉を返す。
「ふと気になっただけです」
「……答えていいか?」
「やっぱりやめておこうかな…」
「何でだよ!」
「知らない事もあった方が良いかと…」
「腹立つな。まあいい。結婚したら嫌になるくらい教えてやる」
「どうして結婚してからじゃないと駄目なんですか?」
「……してもいいならするけど」
そう言って、ライリー様が額を離したかと思うと、私の右頬に大きな手を当てた。
剣やペンを握っているからか、とても硬い肌触りの手だった。
「何を…ですか?」
ライリー様の目を見つめると、いつも以上に真剣な眼差しだったので、心臓が跳ねたのかと思うくらいにドキドキした。
ライリー様の顔が少しずつ近付き、私の鼻とライリー様の鼻が触れた時だった。
「んっ、んんっ! おっほん!」
咳払いが聞こえて、私とライリー様はすごい勢いで距離を取った。
忘れていたわ。
ここにいたのは私達だけじゃなかった。
「……踊るか」
「そうですね」
照れた顔で促してきたライリー様に私が頷くと、少し離れた場所で見守ってくれていたダンスの先生や護衛の騎士達はホッとした様な顔をした。
邪魔してはいけないと思いながらも勝手にこの場所から出てはいけないし、後から見られていた事に気が付いた時の事を考えて止めてくれたんでしょうね。
私ったら、今、受け入れようとしていなかった!?
というか、キスしようとされてたわよね!?
「――っ」
止めてもらえなかったら、今頃はどうなっていたの!?
私は意識してぎくしゃくしているのに、何事もなかった様な表情で、ライリー様は音楽に合わせて踊り始めた。
けれど、私の動揺はおさまっていないから、足を踏む魔法がかかっているわけじゃないのに、何度もライリー様の足を踏んでしまった。
もちろん、足を踏む魔法なんてないんだけれど!
「……そういえば、パーティーの時にビークスと私が話せないようにしてくださるとの事でしたけれど、上手くいきそうですか?」
「心配するな。俺に任せとけ」
「どういう風にするかだけ教えて下さい」
上目遣いでおねだりすると、ライリー様は満面の笑みを浮かべて「踊り終えた後に言う。だから、今はダンスに集中してくれ」と言った。
よっぽど痛かったのね…。
猛省して、私はダンスの練習に集中する事にした。
***
一方、その頃、エルベルの魅了魔法に気付いていないカエラは、エルベルを雇った事を後悔していた。
クビにしようか迷うが、マリアベルに今まで一番近い位置にいたのはエルベルであるし、わざわざ学園を辞めさせてまで自分の国に連れてきた事もあり、心情的にそう簡単に辞めさせる事が出来なかった。
何より、まだ1日目だ。
そう思い、様子を見ていたのだが…。
「エルベル、本棚から本を取って来てちょうだい。魔法に関する本よ」
それを聞いたエルベルは近くにいたメイドに言う。
「本を取ってきて差し上げて」
「わかりました!」
エルベルはメイドに魅了魔法を存分に発揮して、楽をしようとしていた。
「エルベル、どうしてあなたが持ってこないの!」
「私が持ってきても、誰が持ってきても一緒ですわ」
「そういう問題ではないの。あなたに頼んだのよ」
「私が取ってきたら何か良い事があるんですか?」
エルベルが首を傾げると、カエラは大きく息を吐いて手元に置いていたベルを鳴らした。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
執事服姿のビークスが現れると、カエラはエルベルを指差して叫ぶ。
「彼女をしっかり教育して!」
「教育…ですか?」
「そうよ! マリアベル様の弱みを握りたくて雇ったのに、何も教えてくれない上に侍女としても役に立たないのよ!」
「そうなんです。私はお姉様の弱点をあなたに教えて差し上げる為に侍女になったんです」
エルベルの上から目線の口調が気になったが、マリアベルを潰す事を重きに置いているカエラは、エルベルの態度には目をつぶる事にして尋ねる。
「で、マリアベル様の弱点というのは?」
「私よりも可愛くないという事です!」
ドーンと胸を張って言うエルベルに、カエラだけでなく、ビークスも呆れ返ってしまったのだった。




