第18話 焦る公爵令嬢と怒る元妹
「はじめまして、マリアベル様にお会いできて光栄に存じます。カエラ・キラックと申します。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
ピンク色の髪をツインテールにした、小柄で吊り目の聡明そうな美少女は、髪よりも薄いピンク色のドレスの裾を持ち、これぞお手本と言わんばかりの優雅なカーテシーを見せてくれた。
「こちらこそはじめまして。キラック公爵令嬢にお会いできて嬉しいですわ」
連絡をもらってから10日後、私が指定した日時にキラック公爵令嬢はやって来た。
宮殿内の応接で顔を合わせ、お互いに挨拶を終えた後、お茶を入れてもらい、メイドと毒見役が外に出ていくと、キラック公爵令嬢が話しかけてきた。
「本日は無理なお願いを聞いていただきまして、本当に感謝しておりますの。マリアベル様は懐の深いお方なのですね」
「そんな事はありませんわ。本来ならば、もうすぐお披露目パーティーですから、その時でも良いはずですのに、それよりも先に話したい事があるという事は、よっぽど急ぎのお話なのでしょう? ならば、お会いしないわけにはいきませんわよね」
うふふ、おほほと笑みを交わしたけれど、お互いに本当は笑っていない事を感じ取れていた。
もちろん、私には先入観があるから、そう思えるだけなのかもしれない。
彼女はとても人当たりが良いという評判だけれど、ライリー様の事になると人が変わるという噂をハインツ様から教えてもらった。
好きな人の事で一生懸命になる事は悪くないとは思う。
だから、私に話したい事があるだなんて言われてしまうと、絶対にライリー様の件だとしか思えない。
まさか、応援したいとか言いたくて、わざわざここまで来たわけじゃないでしょうし。
何を言いたいのかしら。
ライリー様は私がキラック公爵令嬢と会うのをとても嫌がっていた。
なぜか理由を聞くと、不愉快な思いをするかもしれないからと心配そうにしてくれた。
キラック公爵令嬢と会うという事は、わざわざ自分から嫌な思いになりにいくようなものだもの。
心配してくださる気持ちは有り難いけれど、いつかは話さないといけない日がくるのなら、さっさと話をしてしまいたいという気持ちが強かった。
それに私は普通の令嬢とは違い、エルベルと比較され嫌なことを言われるのには慣れてしまっているので、腹を立てる事はあっても、傷付いて泣いたりする事は考えられなかった。
こういう図太い性格だから、魔力が漏れていても気にならなかったのかしら…?
「あの、マリアベル様…?」
「何でしょう?」
「ライリー殿下とは、どういう経緯でお知り合いになりましたの?」
「皇太子妃候補を探していると招集された時です」
「ああ、そうですの…」
「そうですわね」
今の段階では私は皇太子妃候補なだけであって、私の立場は伯爵令嬢だから、公爵令嬢に対して偉そうな口をきいてはいけないと思われてしまうかもだけれど、ライリー様からは許可も得ているし、皇太子妃と変わらない立場で話をさせてもらう事にした。
「キラック公爵令嬢はその事がお話したくて、今日はこちらにいらっしゃったんですか? それくらいでしたら、お手紙で聞いてくださればよろしかったのに…」
「も、もちろん、それだけじゃありませんわ! マリアベル様は意地悪な事を仰られますのね?」
「意地悪したつもりは一切ありませんわ。気を遣ったつもりでしたが、嫌な気持ちにさせてしまったとういうなら謝ります」
「いえ、そんな! 謝っていただく程ではございませんわ」
キラック公爵令嬢は笑みを少しだけ引きつらせた。
エルベルのおかげで、人に対する観察力がついて、少しの表情の変化も見逃さなくなった。
それだけ、神経をすり減らして生きていたのかもしれないと、今となっては思うけれど、すり減らしても平気で生きていけるくらいの図太い神経を持っているという事を、この場で改めて自覚した。
「それなら良いのですが…。悪い事をしたのであれば謝るのが当たり前ですから」
微笑して言うと、キラック公爵令嬢も口元に笑みを浮かべてから言う。
「悪いと思う事をしないのが一番だと思いますが」
「それは当たり前ですわね。だけど、一度のミスもおかさない人はいないと思いますの」
「皇太子妃ともなるお方がミスをなさるんですか?」
「ええ。残念ながら…。ですが、そのミスを少しでも減らせる様に今は修行中ですわ」
人当たりが良い令嬢だなんて本当に噂だけの話なのね。
これだけ敵意剥き出しにしてきたら良くないでしょう。
ライリー様が関わっているから冷静じゃなくなっているにしても酷いわ。
おとなしい令嬢なら萎縮してしまっていたかもしれない。
けれど残念ながら、私は大人しい令嬢ではない。
かといって、売られた喧嘩を買ってもいい立場ではないのよね。
軽くいなせるようにしないと。
「という事はそれまでは、マリアベル様とライリー殿下はご結婚なさらないという事でしょうか?」
キラック公爵令嬢の話したい事って、この話なのかしら。
「わかりません。これについては、ライリー様や皇帝陛下がお決めになる事だと思いますので」
「ライリー様や皇帝陛下はお優しいですものね。きっとマリアベル様が望んだ日になる事でしょう」
「皇帝陛下やライリー様が私情を挟むようなお方だとお思いですか?」
「ち、違いますわ。私はただ、お二人はお優しい方ですから、マリアベル様が望めば…」
「私が望めば、というのは私情を挟むという事ではないのですか?」
苦笑して尋ねると、少し間があった。
何か言い訳を探していたようだけれど見つからなかったらしく、素直に頭を下げてくる。
「申し訳ございませんでした。失礼な発言でしたわ」
「お気になさらないでください。ですが、そんな事が起こらない様に、ライリー様にはキラック公爵令嬢が憂慮しておられたとお伝えしておきますね」
「そ、それは…!」
キラック公爵令嬢は立ち上がって続ける。
「マリアベル様だからこそ話せたお話なのです」
「私の方からライリー様に伝えてほしいという事ではなかったのですか?」
笑顔で聞き返すと、キラック公爵令嬢の表情に焦りが出た。
「そ…、そういうわけではございません」
「で、私に話したい事というのは何でしょうか?」
息抜きになるかと思ったけれど、そうでもなさそう。
早く切り上げて、勉強しなくちゃ。
***
「ねえ、ビークス。先日来ていた公爵令嬢からは連絡があったの?」
「いや、まだだよ」
ビークスの部屋でエルベルは、ベッドの上に座っている彼の横に座り、身体を預けて言う。
「何とかしてほしいわね。そうじゃないと皇太子殿下に会えないんだもの」
「今日、彼女はマリアベルと会うと言っていたよ。だから、連絡があると思う」
この頃のエルベルの魅了魔法は効果がかなり弱まっており、ビークスでも抵抗できる様になっていた為、彼はエルベルの身体を押しやってから答えた。
そんな彼に眉を寄せて、エルベルは言う。
「ビークス、あなたも冷たくなったのね…」
「わからない。君にはもう大した魅力を感じられないんだ」
「酷いわ!」
エルベルは立ち上がり、近くにあった枕を手に取り、ビークスに投げつけて叫ぶ。
「あなたがあの時、婚約破棄をしなければこんな事にならなかったのに!」
元々の発端は自分だという事を忘れてエルベルは、ビークスに当たり散らしたのだった。




