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【書籍発売中・コミカライズ連載中】幸せに暮らしてますので放っておいてください!  作者: 風見ゆうみ
第一部

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第14話 拒否する娘と会いたがる家族

「おはようマリーちゃん、今日は出勤日かい?」

「おはようございます! 当宿をご利用いただき、ありがとうございました! 気を付けていってらっしゃいませ! またのお越しをお待ちしております!」


 よく晴れた日の朝、フロントに立つと、チェックアウトを終えた常連さんから声を掛けられたので、笑顔で見送った。


 簡単な仕事しかしていないけれど、私がここに立つ事によってセイラさんの仕事が少しでも楽になっているようだから、それはそれで良いと思っている。


 宿屋に働くに当たって、皇帝陛下からいくつかの条件を守る様に言われた。

 1つ目はマリアベルという名前は珍しくもないけれど、そう多くもないため、マリアとして一般的に通すこと。

 そして、宿屋の客に名前を聞かれた場合は愛称のマリーを名乗ること。


 その為、常連のお客様には私はマリーで通っていて、私の事をマリアベルと知っている人達にもお願いして、マリア、もしくはマリーと呼んでもらう事になった。

 私の正体を知っているのは、セイラさんの家族だけで、他の人達はマリアベルという名前を知っている人でも「まさか皇太子妃になる人がここで働いているわけがない」と考えてくれている様だった。


 そして、ロバートさんの好きな人であるティルさんについては身元調査をした結果、特に問題があるわけでもなく、信用できる人物と判断されたため、協力者として本当の名前を教えることになった。


 かなり驚いてはいたけれど、1人で秘密を抱えるのではなく、ロバートさんという秘密を共有できる相手がいると知ると、ティルさんはホッとした表情をしていた。

 誰かと秘密を共有したくなる気持ちはわかるし、ロバートさんとしては、ちょっとラッキーだった感じかしら。

 

 これで少しでも2人の仲が近付くといいな。


 本来ならば忘却魔法をかけるなりして、ティルさんに伝えなくても良かったんだけど、彼女は役場の人だから、この街の情報には詳しいから味方になってもらうことにした。

 

 実際、ティルさんは私が皇太子妃に選ばれた人物と同一とは思っていなかったみたい。

 ビークスに頼まれて、彼の婚約者であるマリアベルを探していたから、ビークスの婚約者が私の事かもしれないと思っていたティルさんは、似た名前の人だと思うようにしたみたいだった。

 それは役場の人も同じだったのだけど、役場の人に関しては、テッカ様にお願いして記憶操作をしてもらった。

 

 婚約者で思い出したけれど、お父様達が私と会いたがっているという事をライリー様から教えられた。


 というのも、ライリー様宛にお父様から手紙が送られてきて、お父様は私に会いたい、エルベルはまだ皇太子妃になる事を諦めていないらしく、ライリー様と私に会いたい、そしてその時にビークスも一緒に連れていきたいと書いてあったんだそう。


 ビークスの真意については、ロバートさんが上手く聞き出してくれて教えてくれた。


 夕食を一緒に食べながら話をしてくれたのだけれど、なんと、最近のビークスは私との婚約破棄を後悔しているのだそう。


「どうして、婚約破棄したんだろうと後悔されていて、えらくしょぼくれてますけど自業自得ですよね。魅了魔法にかかってたんなら、同情しますけど。かといって、あんな事を女性にしちゃいけないですよ。簡単に人を見捨てる様な人は良くないです」

「魅了魔法のせいで冷静な判断が出来なくなる事は確かですけど、他にやり方はありますもんね」

「そうですよ。放り出すなんてありえません。……マリアベル様は、ビークス様とよりを戻したいんですか?」

「そんな気持ちは一切ないけれど…」


 首を何度も横に振ると、一緒に食事をしていたテッカ様が言う。


「よりを戻したいだなんて言われたら困りますよ。ライリー様が暴れるかも」

「ライリー様はそんな事はなさらないですよ」

「そんな事するかもしれないから言っているんです」


 テッカ様は私の年の離れた弟として、一緒に宿屋で働いてくれている。

 といっても、背が小さいからカウンターの向こうだと姿が見えないので、店の入口近くでマスコットの様に椅子に座ってくれているだけなんだけど、これが良い客寄せになっている。


 テッカ様は老若男女とわず、女性のお客様に人気で、お菓子をもらったりして可愛がられていて、テッカ様も満更でもなさそうだった。

 テッカ様の役割は、私が貴族である事を知っている人間に出くわしてしまった場合、忘却魔法をかけてもらう事で、私がフロントに立つ時には一緒にいてくれる。


 テッカ様の他にも護衛として男性が2人いて、その人達は宿屋に雇われた用心棒という設定で、2人共、色々な魔法に対しての耐性を持っている人だから、魅了魔法や状態異常の魔法に悩まされる事はないとの事だった。


 どうしたら耐性がつくかは、元々の資質も関わってくるとの事で、詳しい話はまた、ライリー様に聞くつもりだ。


「……マリアベル様、聞いてます?」


 話の途中なのに色々な事を考えていたから、言葉を返せていなかったので、テッカ様が口をへの字に曲げて聞いてきた。


「ごめんなさい。もう一度お願いできますか?」

「しょうがないですね」


 テッカ様はふうと小さく息を吐いた後、もう一度話をしてくれる。


「ライリー様はマリアベル様の事をあなたが思っている以上に大事にされています。ですから、離れたいだなんて言ったら…」

「ど、どうなるんですか…?」

「まずは、ここで働けなくなると思います」

「束縛される感じですか? …といっても、この状態がワガママだという事は理解してますが…」


 本来ならば、平民として過ごしたいだなんてありえない事だもの。

 皇帝陛下は平民の暮らしを知る事は悪い事ではないと許可してくださった。

 皇帝陛下にもライリー様にも感謝しなくちゃ。

 それに、テッカ様や騎士の人にもご迷惑をかけている分、しっかり仕事をこなさないといけないわ!


 あと、ライリー様を不安にさせるのも良くないわよね。


「ライリー様が不安にならない様にしたら良いのでしょうか?」

「そうですね」


 テッカ様は頷いてから、スープを一口分すくって口の中にいれた。


 私はライリー様に何をしてあげられるのかしら。

 何をしたら不安にならないのかもわからない。


 ライリー様とは一緒にいて、とても気持ちが楽になる。

 好きだという感情とこの気持ちが同じなのかはわからないけれど一緒にいて、とても幸せな気持ちになる。


 だから今更、ビークスとよりを戻したいだなんて思えない。

 それに家族にももう会いたくないわ。

 

 ライリー様はお断りの連絡をしてくれると言っていたし、明日にはお父様達の所に返事が届くはずだから、大人しく諦めてくれれば良いけれど。


 そんな事を思いながら、私も食事を進める事にしたのだった。





***



 マリアベルがそんな事を考えていた、同じ時刻。


「お父様、ライリー様からお返事は届きましたか?」

「いや、まだだ。義理の父親になる私に対して、なんて扱いなんだ!」


 夕食の席でエルベルに聞かれたゴウクは忌々しげに答えた後に続ける。


「私がマリアベルの父親だという事にかわりはない。だから、マリアベルと会う権利があるはずだ。だから、絶対にマリアベルに会う。そして、その際にエルベルは皇太子殿下にお会いし、今度こそ、エルベルの魅力を気付かせるんだ!」

「任せて下さい! 二度と同じ様な失敗は致しませんわ!」


 エルベルに力強く言われたゴウクは、こめかみをおさえて考え、そして閃いた。


「返事など待っていられない。マリアベルに会いに行こう。遠路はるばる訪ねてきた皇太子妃の家族を門前払いするわけがないだろうからな」

「旅行ですね!」


 ゴウクの提案を聞いたエルベルは嬉しそうに頷いた。

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