第11話 覚悟を決める姉と苛立つ妹
「マリアベル様がどんな能力を持っていらっしゃるか鑑定をしたら良いんですか?」
「そうだ。警戒しないといけない可能性が高いから、今すぐに頼む」
「私はかまいませんが、マリアベル様は良いのですか? 自分の持っている力を知りたくないという方も、中にはいらっしゃいますので…」
ライリー様に頼まれたソニア様は、気遣う様な表情で私を見た。
ちなみに、まだ私は猫のままであり、今は乗ってきた馬車の中で、私を宿屋まで送ってくれているところだった。
馬車の中にはライリー様とライリー様の膝の上にいる猫の私、フィーゴ様、ソニア様、そして忘却魔法が使えるテッカ様が乗っている。
ライリー様の隣に座っているフィーゴ様が私に触れたくてしょうがないといった感じなのだけれど、ライリー様が触らせようとしない。
私的には一度くらい触らせてあげたいので、わざと猫のままいるのだけれど、これだと意味がなさそうね。
「にゃー」
人に戻してもらおうと思って、ライリー様のお腹を右の前足でちょいちょいと触ってみると、意味を理解して下さったのか、魔法を解除してくださった…のはいいのだけど、ライリー様の太腿の上に座っている状態で人間の姿に戻ってしまった。
「おっと」
落ちそうになった私を改めて抱きかかえて、座った状態の膝抱っことも言われる横抱き状態にしてから、そのままの状態で会話を続ける。
「マリアベルは自分がどんな魔法を使えるか知りたいんだよな?」
「知りたいです! 知りたいですが、その前におろしていただけませんでしょうか!?」
「何でだ? 狭いだろ?」
「そういう問題じゃありません! 皇太子殿下の膝の上に乗るだなんて! しかも、私の足がフィーゴ様に当たりそうです!」
「僕の事は気になさらなくて大丈夫ですよ」
微笑んでくれたフィーゴ様が明らかにがっかりしている様に見えたので言う。
「今度、魔法で猫にしていただける事があったら、フィーゴ様は私に触れてくださってかまいませんので」
「いいんですか!? 動物を飼いたかったんですが、こんな生活を続けてるんで世話できないからって諦めていたんですよ!」
「フィーゴは動物が好きだもんね」
テッカ様が鼻で笑った後、黒くて長い前髪を揺らし、その隙間から見える赤い瞳を私に向けて続ける。
「もしかして、マリアベル様は強化や増幅させるタイプなんじゃない?」
「強化や増幅、ですか?」
テッカ様に聞き返すと、ソニア様が私に聞いてくる。
「鑑定してもよろしいですか?」
「お願い致します」
ソニア様は私が頷いたのを確認すると、私の方に両手を伸ばし何か呪文を呟いた。
すると、ソニア様の体の周りに光の輪が出来たかと思うと、一瞬で消えた。
「……テッカの言う通りね…」
ソニア様は呟くと、私に鑑定結果を教えてくれる。
「マリアベル様は魔法の効果を高める能力と言いますか、今もその魔法を使っておられます」
「……魔法の効果を高める魔法…?」
「はい。簡単に言いますと、今、マリアベル様の近くにフィーゴがいるせいで、フィーゴの魅了魔法はいつもコントロールされてるはずなんですが、まったく出来ていない状態になっています。ですから、私にはフィーゴがキラキラした皇子様に見えます」
「それは僕も。さっきから、フィーゴが可愛いお姉さんに見えるんだよ。普段はそんな事ないのに。というか、フィーゴだと思うと気持ち悪い…」
眉をひそめて言うテッカ様に、フィーゴ様も不機嫌そうな顔をする。
「僕がお姉さんに見えるってどうなんだよ…。というか、それくらい強くなってるという事か…」
フィーゴ様は納得されたのか、大きく頷かれた。
「あの、どういう事でしょう? 私は何もしていないのに、人の魔法の効果を高めているという事ですか?」
「そのようです。マリアベル様は魔力のコントロールが上手く出来ておられない、もしくはキャパシティをオーバーしてしまったのかはわかりませんが、現在、魔力が垂れ流しになっている状態で、しかも無意識に強化の魔法を使われているようですね」
「魔力が垂れ流し……」
そんな言葉を初めて聞いたので、自分がこれからどうしたら良いのかわからなくて困っていると、ライリー様が優しく教えてくれる。
「たぶん、キャパシティの問題の様な気がするな。年々増えてきたんだろう。最近、エルベル嬢の魅了が強くなってきたんじゃないか?」
「そうなんです。エルベルの魅了の力が強くなったなと思ったのは最近です。少し前までの父はまともでしたから、エルベルの魅了のせいでおかしくなっているのかと…。もしかして、私のせいで、父はおかしくなったという事ですか?」
「君のせいとは言わないが、君がエルベル嬢と一緒にいた事で、彼女の魅了魔法の効果を高めてしまったんだと思う。そして、それは君の魔力が増えれば増えるほど効果が高まっていったんだろうな」
「だから、年々、エルベルの魅了が強くなっていく様に感じたんですね」
彼女の魔法の効力が強くなったんじゃなく、私がエルベルを助けていただなんて…。
「これからは貴族のマリアベルでいる間は皇太子妃候補であると同時に色々と覚えたりやってもらわないと駄目なんだが、その中に魔力のコントロールの仕方も教育として増やそう」
「ふ、増やす…」
平民として暮らしながら皇太子妃候補の教育だなんて、そんな濃厚そうなスケジュールを私にこなせるのかしら…?
「あの、ライリー様。今更なのですが、皇太子妃を辞退する事は…」
「無理だと思います」
ライリー様ではなく、ライリー様以外の3人が首を横に振って答えてくれた。
「そ、そうですよね…」
「申し訳ございません、マリアベル様。あなたの力がわかってしまった以上、余計にあなたを保護しなければいけないんです」
ソニア様が綺麗な顔を歪めて続ける。
「マリアベル様の能力が悪い人間に知られれば、あなたを自分のものにしようとする人間が出てくるはずです。ですから…」
「……わかりました」
皇太子殿下の命令を断る事なんて無理だし、断ったら、このままだといつか自分の魔法のせいで誰かを傷付けたりするかもしれない。
それなら、皇太子妃になるという選択肢しかないわよね。
何より、皇太子殿下がはなしてくれそうにないし…。
どうして、私なんかを選んだの?
他にもっと良い人がいるでしょうに…!
私の能力がお気に召したの?
そうとしか思えないわ!
逃さないと言わんばかりに、しっかりと私の腰からお腹に回されたライリー様の腕を見ながら、私は覚悟を決めた。
***
「悔しい!」
エルベルは自室に帰ると、机の上に置かれていた本を取り、柔らかなワイン色のカーペットの上に投げつけた。
メイドはどうすれば良いのかわからず、オロオロしているだけだ。
「どうして私を選ばないの? どうしてお姉様を選ぶのよ!」
自分になびかない男が今までにいたのは確かだったが、ここ最近はそんな事がなかった。
何より、自分の気に入った男性がマリアベルを選んだ事が許せなかった。
(皇太子殿下は私に見向きもしなかった!)
エルベルの記憶の中では、子供のライリーは皇太子の親戚で、ただ一緒に付いてきただけの子供になっており、彼女の中での皇太子はフィーゴだった。
(皇太子という事はいつかは皇帝になるんでしょう? そんな人が私よりもお姉様を選ぶだなんてありえない! ああ、お姉様、どこかで死んでくれていたらいいのに!)
エルベルの願いは叶うはずもなく、次の日、彼女の元にマリアベルが見つかった事が知らされるのだった。




