第9話 悩む白猫と楽しむ皇太子
「一体、何の話をしている?」
フィーゴ様が眉根を寄せて尋ねると、彼をライリー様だと思いこんでいるエルベルは涙ながらに答える。
「どんなに探しても、お姉様の行方がわからないんです。きっと、お父様から見捨てられたショックで、世を儚んで命を落としたとしか思えません…」
うっうっ、とエルベルが泣く。
追い出される事になったのは、あなたのせいでもあるんだけど?
だから、絶対に嘘泣きよね?
それにライリー様には私は家出をしたと伝えているのよね?
追い出されたと言って良かったの?
もちろん、すでにライリー様達は事情を知っておられるけれど。
「……遺体は見つかったのか?」
フィーゴ様はとりあえず話を聞く事にした様で、エルベルに尋ねた。
「い、いいえ…!」
「では、憶測じゃないか。自分の姉を勝手に殺すなよ」
ライリー様が割って入ると、エルベルは赤のカーペットの上に座り込んだまま首を傾げる。
「どうして、ここに子供が…?」
「俺がいないと始まらないからだ」
「おままごとじゃないんですよ?」
エルベルは困ったような顔をして、フィーゴ様に説明を求める。
「先日のパーティーにもいらっしゃいましたけど、殿下のご親戚かお知り合いの方ですか?」
すると、尋ねられたフィーゴ様ではなくライリー様が答える。
「俺の名前はライリーだ」
「まあ! 殿下と同じ名前なんですね」
エルベルは笑顔で言ってから続ける。
「私、子供が大好きなんですよ」
「その割には前回は全く俺に話しかけてこなかったな」
「そ、それは、皇太子殿下のお相手をすることのほうが大事だからです」
エルベルが視線を彷徨わせながら答えた時、助けるようなタイミングでお父様が入ってきた。
「本日はようこそお越しくださいました。申し訳ございませんが、エルベルから話を聞いていただいたかと思いますが、マリアベルは不幸にも…」
「その先の言葉は聞きたくない。マリアベルを探す手配をするから、少しだけ席を外させてもらう」
何か適当な理由をつけて、皇太子殿下のふりをしているフィーゴ様が出ていくという話は事前にしていたので、ライリー様は何も言わずにフィーゴ様を見送った。
私とライリー様、エルベルとお父様だけになったところで、向かい側に座っているエルベルがお父様に話しかける。
「おかしいわ、普通なら簡単に納得してくれるはずなのに…」
「全く反応なしなのか?」
「そうなんです! こんなにも可愛い私に見つめられたのに…」
そう言ってエルベルは、ライリー様の後ろに立っている騎士2人に目をやった。
「これはまずいな」
ライリー様が呟くので顔を上げると、私を抱き上げて騎士の様子を見せてくれた。
騎士達は任務中だというのに、しまりのない顔をして、エルベルを見ている。
私にとっては見慣れた光景だけど、皇太子殿下の護衛がこれでは駄目よね……。
「にゃー」
でも、これはいつもの事なので、この騎士達を責めないであげてほしいです。
と言おうとしたけれど、当たり前だけど猫の鳴き声しか出ない。
「どうした?」
ライリー様も私の意を理解しようと試みて下さるけれど、これはジェスチャーでは伝えられないわ。
「にゃーん」
鳴いてから首を横に振ると、「後で聞かせてくれ」とライリー様が言ってくれた時だった。
「何だ、このおかしな子供は…」
「お父様、失礼ですわ。この子は皇太子殿下のお知り合いか何かです。お姉様が先日、お話をしていた子もこの子ですわ」
「マリアベルはこんな小さな子供と話をしていたのか。何が面白いと言うんだ?」
「駄目ですわ、お父様。この子、結構しっかりしているから、皇太子殿下に告げ口されてしまうかもしれません」
「子供の言う事なんて、皇太子殿下が信じるわけがないだろう。それに、この顔を見てみろ。いかにも頭が悪そうな顔をしている」
クックックッとお父様が笑う。
いかにも頭が悪そうな顔というか、頭が悪いのはお父様のほうだわ…。
ライリー様、申し訳ございません。
というか、私の父親はこんな父親ですよ?
本当に私を妻にされるんですか?
考え直された方が良いと思うのですが?
「……ふーん。そうか、俺はいかにも頭が悪そうな顔をしているのか。自分では気が付かなかった。もしかすると、周りはそう思ってても口にしなかったのかもしれないな」
「にゃ、にゃーん!」
そんな事はありません!
太ももの上で後ろ足だけで立ち上がって、前足を伸ばすと、ライリー様は私の顎を撫でながら微笑む。
「わかっている。大人しく聞いておいてくれ。言いたい事を言わせてからにしよう。その方が楽しいだろう? 何より、人間の本性ってものがわかるしな」
「にゃーん…」
ライリー様も悪い人ですね…。
もちろん、お父様の方がもっと性格は悪いですけど。
ライリー様は私の気をそらそうとしているのか、頭や顎、背中などを優しく撫でてくれながら、お父様とエルベルの会話を楽しそうに聞いている。
そういえば、毛が全く抜けないのは助かるわ。
本当の猫じゃないからかしら?
ライリー様の服を私の毛だらけにしたらどうしようかと不安になっていたけど大丈夫そう。
「まったく、このガキのせいで私達は大変な目にあっているというのに…! ニヤニヤしやがって」
「本当ですね。自分の悪口を言われているのに笑うなんて気持ち悪い…」
「……エルベル嬢、君は子供が好きだと言っていたが、今、気持ち悪いと言ったか?」
ライリー様が尋ねると、エルベルは焦った顔をした。
さすがに、ライリー様にエルベルの魅了が効いていない事に気が付いたみたいだった。
「そ、それは、その、悪口を言われて喜んでいるみたいだから…、普通は自分の悪口を言われたら悲しむものじゃない?」
「喜んでるんじゃない。お前達を見て愚かだなと思って笑ってるだけだ」
「なんて生意気なクソガキだ!」
「お父様! 駄目よ!」
エルベルは立ち上がったお父様を慌てて止めると、騎士の2人に涙目で訴える。
「お願いです、そこにいらっしゃる素敵な方。お父様は、この子供の悪口など何も言っていませんよね」
「はい! 何も言っておられません! 逆に褒め称えておられました!」
騎士の言葉を聞いたエルベルは笑みがこぼれそうになるのを必死にこらえて2人に礼を言った後、ライリー様を見て言う。
「これであなたが何を言っても信じないわ? だって、悪口を言われたと主張するのは子供のあなただけだもの」
「……そうか。子供じゃなければいいのか?」
「何を言ってるの?」
「せっかく助けるチャンスをやったのに、自ら棒に振るとはな」
ライリー様は小さく息を吐くと、魔法を解除したのか、白シャツに黒のズボン姿で元の姿に戻った。
騎士達には後で忘却魔法をかけて、ライリー様が魔法を使って子供のふりをしていた事を忘れさせるつもりだと言っていたから、今は彼らの事は気にせずにこの場で魔法を解除されたのだ。
「この姿でははじめまして、だな。で、お前ら、俺の顔を知らないとは言わないよな?」
ライリー様は私の頭から背中を優しくなで続けながら、驚愕の表情を浮かべているエルベル達に尋ねたのだった。




