1話
数話構成のストーリーです。
大好きな彼女の玲奈と満喫した高校2年生の夏休みが終わってしまい、憂鬱な気分に纏わりつかれたまま毎朝通学したことで通学の怠さに慣れた大輝は、今朝は玲奈が生徒会の用事でいないため音楽を聴きながら1人学校へと歩く。
朝から溶けてしまいそうな気温に自転車通学にすれば少しはマシだったかなと呟き、辿り着いた学校の玄関にある靴箱前に立つ大輝は上履きに履き替えた。
「あっつ・・」
蒸し暑い玄関から早く逃げて風通しの良い教室へと行こうと歩き出したところで、玲奈も持っていそうな小さめのポーチが落ちているのを見つけ拾い上げる。
「・・誰のだろ?」
パッとポーチを見るも名前が書いてなかったため、拾得物を届けに行くため教室に行く前に反対方向にある職員室へと歩き出した直後だった。
「ちょっと! 返してよそれ!!」
背後から朝の静かな廊下に響き渡る声に驚いた大輝が振り返ると、クラスメイトの稲谷薫と市川雫そして御坂楓の仲良し3人組の姿を見つけた。
「お、おはよう・・どうしたの?」
よく話しをする3人に大輝はいつものように挨拶をするも、3人が普段と違う雰囲気に気付いて大輝は思わず尋ねた。
彼女達から返ってきた責める言葉に、大輝は驚く。
「なんで、大輝くんがソレ持ってるの!?」
「ソレ? あぁ、コレ?」
問いただす稲谷薫が不機嫌そうな表情のまま大輝の右手に視線が下がったことで、彼女が何を聞いているのか理解する。
「わたし、ずっと探してたのに、なんで大輝くんが持ってるのよ!?」
落ちていた物を拾ったのに、なぜ自分が彼女からこんな責められるような事を言われなければならないのかと思い、思わず感情的に大きめの声で反論する。
「なんだよ急に・・下駄箱の近くで落ちていたから、拾っただけなんだけど!?」
「ヒィッ」
大人しい大輝の見せたことのない態度に3人は萎縮し、追求していた稲谷薫は思わず泣きながら廊下に座り込んでしまった。
大輝達の言い争う光景を登校して来た生徒達は足を止めて見ていて、その中の女子生徒1人が偶然近くにいた男教師を見つけ助けを求め呼んでしまう。
「・・・・おい! 朝から何をやっているんだ!?」
大輝達の前に現れた男教師は生徒指導の若宮達也で女子生徒の人気を得たいが為に、日頃から女子贔屓をしている男子生徒には厄介な教師で有名だった。
「先生、大輝くんが薫の大事なポーチを盗ってたんです。それを認めなくて・・・・」
「そうなんです!」
俯き泣いて喋れない稲谷薫の傍にいる御坂楓が若宮に告げて、それを同意するように市川雫が追い打ちをかけると、聞いていた若宮は大輝に視線を向けながら歩み寄り口を開く。
「お前の右手で持っているのはなんだ?」
「えっ? こ、コレはさっき拾った落とし物で・・」
「先生は、そんなこと聞いていない! 誰のだと聞いているんだ!?」
若宮からの威圧に大輝の思考は不安定になりうまく言葉が出せない。
「えと・・その・・コレは違くて・・だから・・」
「「 薫ちゃんに返してあげてよ!! 」」
「・・・・・・あっ・・はい」
大輝は訳が分からずただ右手で持っているポーチを稲谷薫に返すため一歩踏み出したタイミングで、今朝一緒に登校できなかった玲奈が視界に入り足を止めた。
「大輝? どうしたの?」
「玲奈・・違うんだ・・俺じゃないから・・・・信じて」
「大丈夫?」
「だから・・玲奈・・俺は・・」
大輝はパニック状態に陥り、自分で何を玲奈に伝えたいのか分からないまま助けを求めるためポーチを持つ右手を伸ばすと、玲那の視線は大輝から右手へと下がり心配する表情から疑念を抱く顔へと変わった。
「・・大輝、それって・・・・」
玲奈は一目でそのポーチが女の子の必需品が入っているポーチだと理解し、なぜ大輝が持っているのか疑問を抱く前に嫌悪感に包まれ無意識に大輝から離れるよう距離を取った。
「・・玲奈?」
唯一の救いを求めることができる玲奈の名前を呼ぶも、自分を拒絶するかのようにまた一歩離れられてしまったショックで、足の力が抜け膝から崩れ落ちる。
大輝の震える右手の指先の力は抜けてしまい、ポーチは廊下に落ちて転がると若宮は宙を彷徨う大輝の右腕を強引に掴み上げ立たせ、そのまま有無を言わさず生徒指導室へと連れ去った。
大輝が若宮に連れて行かれそのままにされたポーチを玲奈は拾い、泣いているクラスメイトで幼馴染の薫の元へと歩み寄る。
「・・薫ちゃん」
「ぅぅ・・」
差し出されたポーチを薫は顔を上げて玲奈から受け取り、ポーチの中身を確認する。
「・・あれ? うそ・・入ってない、盗られてる。替えの下着が・・・・」
「「「 え??? 」」」
薫の呟きに楓と雫そして玲奈の3人は、言葉を交わさなくても大輝が薫の下着を盗んだと犯人だと思い込んで、彼が連れ去られた方向へ同時に顔を向けていた。
薫が入っていないと呟いた替えの下着は大輝が盗んだのではなく、薫自身がポーチを失くす前日の体育授業の後に立ち寄った保健室に置いていたことを忘れていたという勘違いから、大輝の人生は大きく狂い始めたのだった・・・・。
大輝は若宮に掴まれたままの右腕の痛みを感じながらも、自分の置かれている現実が理解できないまま生徒指導室に入らされ椅子座りずっと机を見つめている。
「・・・・クラスと名前は?」
「・・・・2ーA須藤大輝・・です」
「須藤、お前さ・・自分が犯した罪を理解しているのか?」
「罪? 先生、俺は何も・・ただ廊下に落ちていたポーチを拾っただけです」
「ただそれだけで、女子が泣き崩れると思うのか?」
俯いたまま視線を合わせない大輝の姿に、若宮は女子生徒の大事なポーチを盗んだ犯人だと思い込んで問い詰めている。
「だから、あのポーチは本当に拾っただけなんです」
「須藤、いいか? 人の物を盗むというのは窃盗という犯罪行為だぞ? 退学処分になる悪質な行為だと知ってて犯したのか?」
「ち、違います! おれは窃盗なんてしていません! 信じてください! ただ拾っただけなんです!!」
教師から告げられた退学処分という言葉に、大輝はやっと顔を上げて訴えるも否定され続けた。しばらくしてノックもなく生徒指導室のドアが開けられると教頭の田川が姿を現す。
「・・若宮先生、続きは私がしても?」
「は、はい・・」
「若宮先生は、授業の準備に向かってください」
「・・わかりました。失礼します」
若宮が教頭の田川に一礼し生徒指導室から出て行くと、顔面蒼白の大輝の前にゆっくりと座り正面から顔を向け合う。
「須藤くん、稲谷さんの私物・・ポーチをどのように手にしたのかな? 教頭先生に話してみなさい」
若宮と違い優しく語りかける教頭の田川に、大輝は一部始終を震える声で話す。
「そうですか。須藤くんと稲谷さんが仲良しのクラスメイトと聞いています。もちろん須藤くん自身の授業態度の良さや素行が良いことも教頭先生は知っていますよ」
「はい・・」
教頭から自分のことを理解してくれているような言葉に、なんとか疑惑を晴らせると希望を持ちかけた大輝に教頭はトドメの一言を告げた。
「でもね、女子生徒の下着を盗む行為は看過出来ないものだ」
「えっ??」
自分が下着を盗んでいることになってしまっていることに、大輝は言葉を失い固まる。
「須藤くん。教頭先生は稲谷さんとお話をして、これからの対応を決めようと思う。最後に何か私に伝えたいことはあるかな?」
もう自分を信じてくれる人がいないことや逃げ場が無いのだと理解してしまった大輝は、遺言のように力弱く吐き出す。
「・・・・俺は、本当に何もやっていないんです・・ゴメンなさい」
「・・そうですか」
田川教頭はため息を吐いてからゆっくり立ち上がり、部屋のドア前で足を止め座り俯いている大輝に冷たい視線を向ける。
「今日の放課後まで、教室に戻らずこの部屋から出ないように過ごしなさい。わかりましたか?」
「・・はい」
「放課後に先生が迎えに来ます」
大輝はドアが閉められた音を聞いた後に、ぐちゃぐちゃになった感情に押し潰され涙が溢れるも泣き声を堪えて静かに泣いていた。
日常で聞いていた授業が始まるチャイムが聞こえるも心が壊れかけている大輝には遠い存在に感じ、何度も胸ポケットで着信を知らせるスマホが震えるも手に取る気になれず放置し、放課後までずっと机に伏して過ごした。
もう今日は誰も来ないのだろうと思い始めていた大輝の目を覚ますかのようにドアが開き田川教頭が生徒指導室に入って来た。
「須藤くん、今日は家に帰りなさい。明日は教室に行かず、ここに来ること」
「・・はい」
大輝は朝から一度も中身を出していないリュックを背負い俯き加減で生徒指導室から数時間振りに出る。
「・・失礼します」
「寄り道せず、真っ直ぐ帰りなさい」
「はい、先生」
大輝は顔を合わせることなく応え廊下を歩き下駄箱がある場所へと向かう途中に見つけた男子トイレへと立ち寄り、朝から何も口にしていなかったため手洗いの水道で水を飲み、渇ききった喉を潤わせて廊下に出ると偶然なのか玲奈が1人立っていた。
「「 ・・・・ 」」
互いに視線が重なるも何も言わず見つめ合い苦しい時間に大輝は耐えられず先に逸らし歩き始めたところで、玲奈は大輝を呼び止める。
「・・須藤くん」
大輝と呼ばれなかったことで玲奈との距離が遠くなったなと思いながら大輝は足を止めてゆっくり振り返る。
「なに?」
玲奈と名前を呼べなかった大輝は、ゆっくりと一言だけ返す。
「そんな幼馴染だと思わなかった。須藤くんが幼馴染で彼氏だったのが、わたしすごく恥ずかしい!」
「・・だった?」
玲奈から吐き出された言葉に、もう彼女の中で彼氏彼女関係が過去になっているように聞こえた大輝は聞き返す。
「幼馴染の薫ちゃんの下着を盗む男なんて無理だから、別れて! それでこれから一切近寄らず話しかけてこないで!!」
「・・玲奈」
大輝は小さく玲奈の名前を呼び廊下の角を曲がり、見えなくなるまでその後ろ姿を見送ってから家へと帰った・・。
誰とも話したく無い大輝は、家の玄関からそのままリビングに行かず自分の部屋へと閉じ籠り夕食も食べずにいると、仕事から帰って来た父親が部屋にドア越しに呼ばれたため素直にリビングへと向かった。
リビングのソファに座る両親の前で大輝は何も言わず、そのままフローリングに正座して俯き怒られるのを待つ。
「・・大輝、なんでソファに座らず正座なんてしているんだ? ちゃんと、ソファに座りなさい」
「・・いえ、父さん俺はこのままでいいです」
「ダメよ。お父さんの言われた通り、ソファに座りなさい大輝?」
「・・はい」
両親の顔を見た瞬間に今日の出来事で怒られると思っていた大輝は、2人の冷静さにきっと怒りの感情よりも呆れてしまったのだろうと納得して、父親からの言葉を待つ。
「・・大輝、母さんから学校での出来事を聞いた」
「はい・・」
「父さんは、大輝から直接聞きたい。話してくれるか?」
「・・・・俺は落とし物だと思って拾っただけです。人の物を盗んでいません」
「・・そうか、わかった」
「父さん?」
父親の思ってもいなかった反応に思わず俯いていた大輝は、顔を上げて父親の顔を見た。
「大輝の顔を見たらわかる。お前は絶対に学校が言ってきた罪を犯していないとな」
「・・ど、どうして? 先生は信じてくれなかった・・・・玲奈もなのに」
父親の言葉を聞いた大輝は、今日初めて人前で涙を流す。
「それは、大輝が父さんと母さんの子供だからだ。彼氏の言葉を信じず助けない玲奈ちゃんとは、別れて正解だ」
親子だからという関係で無条件に信頼してくれる親に大輝は嬉しくて涙が止まらない。
こんな近くに自分を信じてくれる人が居てくれる安堵感に満たされる大輝だったが、翌日からの学校生活は一変し地獄の毎日だった。
家に帰れば信じてくれる両親がいるからと、学校でのイジメに耐え続ける孤独な日々に戦うも限界はあった。あの事件から一ヶ月が過ぎた昼休みに教科書を隠された大輝は、しばらく行ってない教室の席に探しに来ていたのだ。
稲谷薫と同じクラスのため彼女の精神的な苦痛を考慮して、学校は大輝を特別学級に一時的に移動させていたのだ。その中で見つからない教科書を探しに昼休みにクラスの教室に近付くと、疎遠になった幼馴染で元親友の木下信治の話し声が聞こえる。
「・・ほんとマジで落ちぶれて隠キャになったよなー大輝のヤツはさ」
「・・そだね」
信治と話しているのは、この一ヶ月ずっと一緒にいる元カノの玲奈の声だとわかり大輝は教室に入らず足を止める。
「玲奈ちゃん、そろそろ俺と付き合わない?」
「・・私は、まだ恋愛はいいかな・・ゴメンね信治くん」
「・・・・まだ、大輝のこと引きずってる?」
「それは・・」
「アイツ、可愛い玲奈ちゃんと付き合ってたのに、犯罪者みたいなことしたんだよ? マジで気持ち悪いよ?」
「そうだけど・・」
大輝は玲奈から近付くなと言われていたが、数回ほど教室に入っても何も言われなかったため今日も声を掛けなければ問題無いと決めて、深呼吸してから冷たい視線を向けるクラスメイトがいる教室のドアを開けて入る。
ドアを開けた瞬間に視線を向けるクラスメイトの他に玲奈と信治の視線を感じる大輝だったが、自分が2人を見なければ問題無いと思い、まだ置かれている自分の席へと向かう。
「・・・・あった」
特別学級の席に置いているリュックから勝手に持ち出された教科書がこの教室の席に隠されている意味はわからない大輝だが、探し物が見つかりホッと一息ついてこのまま教室を出て廊下に先に信治が立ちはだかっていた。
「・・・・」
「なに俺らを無視してんの?」
「・・・・」
「変態隠キャ犯罪者野郎は、得意の黙秘か? あぁ?」
「・・俺と関わらない方がいいと思う」
「なんか、ムカつくなお前・・」
「別に俺は関係ない」
反抗的な態度の大輝に信治はもっと追い詰めてやりたいと考えていると、遅れて廊下に出てきた玲奈の手を掴み自分の体にグッと引き寄せた。
「あぁ、言い忘れてたけど玲奈と俺は付き合ってるから」
「ちょっと、信治くん!?」
信治から突然でた出まかせに玲奈は驚きの声を上げてから大輝に視線を向けるも、微塵も自分を見てくれない大輝の姿に胸がギュッと締め付けられる。
「そうなんだ。別に俺に言わなくても・・・・でも、お似合いだね。お幸せに」
大輝は玲奈を最後まで見ることなく無感情で呟き、身体を寄せ合う2人の横を歩き抜け去った。
「・・ちっ・・つまんねーリアクションだったな、アイツ」
「ちょっと、信治くん? 今のは冗談でもありえないからね?」
「ん? 俺は本気だよ玲奈ちゃん」
「無理。全然タイプじゃないから。幼馴染じゃなかったら話しすらしないレベルだし」
「またまた〜」
信治がタイプではないためバッサリ斬り捨てる玲奈に対して、信治は恥ずかしがって可愛いなと言い寄り周囲が揶揄うも、本気で嫌がる玲奈に信治は気付いていない。
大輝が教室からいなくなり賑やかな昼休みが終わる時間が迫り、散らばっていた生徒達が教室に戻って来ていると珍しく養護教諭の柴田が姿を現した。
「ねぇねぇ〜稲谷薫さんは、このクラスにいるかな?」
30代前半でおっとりした性格を持ち癒しオーラを無意識に放つ柴田は、男子生徒達から高い人気があり信治達男子生徒に呼ばれるも笑顔で対応し稲谷薫を探す。
「先生、私に何かようですか?」
「あっ! いたいた稲谷さん・・結構前に保健室に置き忘れた物を取りに来ないから、もう先生が届けに来たんだからねー?」
薫は保健室に自分が何を忘れていたのか思い出せず思い当たる節がないため、ゆっくりと席を立ちドアにいる柴田先生の元へと向かう。
「先生、私の忘れ物ってなんですか?」
「うん、ここだと渡しにくいから廊下で・・ね?」
「はい・・」
2人で廊下に出た後に柴田は中身が何か分かりにくい灰色の袋を稲谷に手渡す。
「こ、コレって・・」
「うん、替えのショーツ。女の子には大事な物でしょ?」
「・・・・」
稲谷は柴田から手渡されたモノが大事なポーチから消えたモノだったことに気がつくと、全身に悪寒が走った。
「稲谷さん!?」
忘れ物を彼女に届けただけなのに、突然顔面蒼白になったことで、柴田は思わず大きな声で呼びかけてしまう。
廊下から稲谷を呼び掛ける声に反応した玲奈は教室から出て廊下にいる2人の元へと向かうと、稲谷が手にしているモノに自然と視線が向けられる。
「薫ちゃん、それって・・」
「シーですよ? 替えのモノだから」
「え? 先生、どうしてソレを薫ちゃんに?」
「稲谷さんがずっと保健室に忘れてたの」
「い、いつからですか?」
「ん〜たしか、夏休みが終わってからよ」
柴田の言葉に玲奈は不意に頭の中で最悪な状況が駆け巡り、乱れる感情のまま稲谷の肩をギュッと掴み自分に振り向かせる。
「薫! どうして気付かなかったの!?」
「・・そ、それは・・だって・・・・」
あの日稲谷薫が失くしたポーチは、大輝が見つける前日の遅くに財布を取り出す時に運悪く落としたことに気が付いてなかった。
翌朝の登校前に失くしたことに気が付いた稲谷は、クラスメイトの御坂楓と市川雫に手伝ってもらい探しているところを、大輝が持っているのを偶然見つけただけなのだ。
幼馴染の大輝に中身を見られてしまったかもしれない恥ずかしさに泣いてしまった自分と、保健室に置き忘れていた事実を忘れ、ショーツが盗まれたと勘違いし冷静さを欠いていた。
今になってクラスメイトで幼馴染の大輝を傷付けてしまっていたことを自覚する薫は、自分に向けられている玲奈の潤んだ瞳が怖くて俯く。
玲奈と薫の頭の中でこの一ヶ月間にクラスのみんなで大輝に無視やイジメをしてきた状況に固まっていると、廊下を走る足音が聞こえ3人は顔を向ける。
「・・・・あっ! 柴田先生!」
廊下を走って来たのは、生徒指導の若宮だった。
「若宮先生、教師が廊下を走ってはダメですよ?」
「はぁ・・はぁ・・すいません。じゃなくて、ここのクラスの須藤大輝を見ていませんか?」
「私は、見ていないですよ。貴方達は?」
「す、須藤くんは教科書を持ってあっちに行きました」
玲奈は若宮に大輝が歩いて行った方向を伝えると、若宮は何も言わずに再び走って行った。
「あらまぁ、走ったらいけないのに・・私は戻るね」
柴田はそう呟きながら若宮が走って行った方向と同じ方へ歩き去って行く。その後ろ姿を見送っていると、玲奈のスマホが着信通知で震えたため、そのままスマホを取り出す。
待ち受け画面には珍しく電話番号でやりとりするショートメッセージだったため、玲奈はそのままメッセージアプリを開くと同時に大きく目を見開いた。
『 いままでゴメン。玲奈と付き合ってた頃の時間は、今想い出しても凄く幸せだった。ありがとう、玲奈。信治と末長く幸せにね』
あの日に大輝を拒絶するように突き放した玲奈だったが、大輝からのメッセージをブロックはしていなかった。約束を絶対に守る大輝の性格だと知っていたからだ。
それが現実だと答えるように大輝からのメッセージ、先まで1件も届くことは無かったから。
「・・・・ウソ、嘘だよね? 大輝・・・・大輝っ!!」
まるでもう二度と会うことができないようなメッセージに玲奈は午後の授業が始まることを忘れて、廊下を全力で走り無我夢中で大輝の姿を探し回る。
校舎内を玲奈が大輝を探し回っている同じ時間帯に、1人の男子生徒が誰にも見つけられず屋上へと続く階段を1歩ずつ歩んでいるのだった・・・・。