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1.無力な王女

(シリアス病に罹患中のため暗いお話です)

 私に出来ることは無心に女神様に祈る事だけだった。塔の中でひたすらに祈りを捧げる。


「この国でも、私は無力なまま……何もできないのね」


 つい独り言ちる。ぼんやりと格子の嵌められた窓の外を頬杖をついて眺めた。王族の振る舞いとして行儀が悪いのは分かっているが部屋には自分以外誰もいないのでいいだろう。


 今日はとてもいい天気だ。窓からはるか下に見えるのは鬱蒼とした森だけでいくら眺めても代わり映えしない。呑気に眺めている場合ではないのだが自分ではどうすることも出来ない。

 私はこの国の王と婚姻を結ぶためにきた他国の王女だ。王族として生まれたからには役割がある。婚姻にしても然り。祖国では王女として民に報いることができたとは言えない。ならばせめてこの国の民を守る1本の葦になれたらと思ったのだがそれも叶いそうにない。


 現在、マルガレットは婚姻のために訪れた国の、王宮から少し離れた貴人を収監するための塔のてっぺんにいる。今は監禁されている状態だ。窓には格子があり扉は鉄でできた頑丈なもので鍵が掛かっている。出ることは不可能だ。それでも待遇はいいほうだろう。質素ながらも食事や体を清拭するための湯は与えられている。

 この国に到着した翌日からここで一人で過ごしている。自分のことは自分で一通りできるので不自由はない。どっしりとした重そうな扉を見てはため息をつく。今の自分は働きもしない穀潰しではないか。それが酷く辛く悲しい。といって婚姻相手に会いたいかと聞かれれば会いたくない。できれば一生……。自分に出来ることはこの国の安寧と豊穣を祈り民が飢えないように願うことだけだった。


 マルガレットは12年前にこの国に来た頃がある。王妃であった母との外遊だった。12年前のこの国は豊かで民も笑顔で国中が活気に溢れていた。当時の国王夫妻と王太子殿下に歓迎され王都の視察にも行った。王太子殿下は優しくまだ10歳のマルガレットを貴婦人として恭しく扱ってくれた。それがどうにも嬉しくて今思い返せばあれは初恋だったと思う。帰り際に彼は春の日差しのような温かい笑顔で再会を願ってくれた。


「マルガレット王女殿下。小さなお姫様。またいらしてくださいね。その時はあなたのお気に入りのあんずのジャムをいっぱい用意しておきます」


 5歳下の幼い自分を精一杯もてなし笑顔で見送ってくれた。嬉しくて帰りの馬車で母に繰り返し問いかけた。


「お母様。次はいつこの国に来ますか? 殿下とまたお会いしたいです」


「まあまあ、マルガレット。まだ国に帰る前から次の予定ですか? 気が早いですよ。殿下に優しくして頂いたのがよほど嬉しかったのね」


「はい。マルガレットは殿下が大好きです!」


 苦笑いしながらも母は優しく「また来ましょうね」と言ってくれた。これが私にとっての最も幸せな記憶となった。数年後、母が病に伏したことですべてが歪んでしまう。母の容体は悪化の一途を辿った。


「マルガレット。あなたは王女です。そしてこの国の巫女でもあるのです。民を第一に考え民の幸せを祈りなさい」


 死に向かう母の最期の言葉は王妃としての遺言だった。その言葉に一抹の寂しさもあるがそれ以上に王族として民を重んじる言葉に敬慕の念を抱いた。母は最期の瞬間までこの国の王妃だった。私は母の願い通り女神様に心を込めて祈りを捧げた。


『祈る』だけならばただの気休めだろう。だが母がマルガレットに託した『祈る』には特別な意味があった。王の一代に一人の巫女が必ず現れる。ほとんどが王族や貴族からだが平民であることもある。巫女には目印がある。体のどこかに必ず若葉の痣を持つ。先代の巫女がいなくなると次代の巫女の体に目印となる若葉の形の痣が現れる。


 巫女とはこの世界の女神様の加護『大地を潤し豊穣を祈る力』を持つ女性のことだ。その女性が祈りを捧げることで水源が守られ土は肥えて大地は緑を育む。そして実りある豊かな国を維持し続ける。実際に巫女が祈らなければ国土が荒れたと過去の文献に記載されている。

 尊き存在とされる巫女であっても結婚の制限はない。女神様によって選ばれるので血筋も関係ない。ただ日々祈りを捧げることを求められるので、神官や高位貴族や王族と婚姻を結ぶことが多かった。


 先代の巫女は私の祖母にあたる方だ。祖母が亡くなると同時に私の二の腕の内側に若葉の痣が現れた。その時点で私が名乗りを上げるはずだったが出来なかった。その前に父が異母妹に痣が現れたと布告したのだ。一代に巫女が二人同時に存在することはあり得ない。だから私に痣があることは秘めた。このことを知るのは母と私だけだ。

 

 父である国王には愛妾がいた。政治的に結婚したマルガレットの母である王妃には愛はない。愛妾とその人との間に溺愛する娘が一人いる。マルガレットより5か月後に生まれた異母妹フェリアはいつも私を睨んでいた。彼女の母親は貴族ではなく踊り子だった。それゆえ何があっても王妃の地位にはつくことは出来ずその娘も王女としては扱われない。国王と妾の娘というだけの曖昧な立場だ。それを私や母のせいだと怒りをぶつけてくる。


 父は常に私と母を冷遇していた。だが父がどれほど私を嫌っていても国を継ぐ権利を持つのは私だけだ。フェリアには王位継承権はない。だが父はどうしてもフェリアに国を継がせたかった。その手段としてフェリアに巫女の証が出たと布告したのだ。巫女は女神様に選ばれた国を支える尊い人。そして国を守る象徴的存在だ。身分に関係なく最上の存在と大切に扱われる。それ以外の方法ではフェリアが王位を継ぐことは出来ないのだ。


 フェリアの手の甲には確かに若葉の痣があった。本当の痣を知るものなら偽物だと分かる入れ墨だった。だが誰も国王が嘘を吐くとは考えなかったのだろう。それに本当の痣を見ることが出来る人間は限られている。疑われることなく反対の声も上がらずフェリアは巫女になったことで王女として認められ世継ぎに決まった。


 母は思う所があったはずだが何も言わなかった。ただ私にだけは「誰に知られることがなくても巫女としての自覚をもって民の為に祈りなさい」と言った。今ならそれは母の私への優しさだったと思う。母は巫女としての重圧に苦悩する祖母を見ていた。父が偽った結果とはいえその重圧を私に与えずにすんだことにホッとしているようだった。どれほど女神様からの加護があっても、自然のもたらす災害を止めることは出来ない。被害が出れば民の怒りは巫女に向く。それを母は目の当たりにしてきたのだ。


 私は母の言葉を胸に毎日女神様への慈悲を求める祈りを捧げた。誰に知られることも感謝されることもないが、巫女であれば当然のことだ。私の祈りが届いたのか国は豊かに潤った。真実を知らない民は巫女としてフェリアを崇拝した。父は誇らしげにし、愛妾やフェリアに褒賞だと贅の限りを与えた。二人はそれを存分に享受し国庫に多大な負担をかけた。


「お父様。増税など考え直して下さい。愛妾様にも少し贅沢を控えて頂くようにおっしゃってください。どうか民を苦しめないで下さい」


「うるさい! お前のせいで妾は王妃になれなかった。だがフェリアは巫女だ。巫女を産んだ妾と巫女には褒美を与えるのは当然のことだ。二度と口を出すな!」


 父は母を激しく叱責しそれ以降顔を会わすことを拒否した。それからしばらくして母が病に倒れた。父か妾の仕業だろう。苦言を疎ましく思い毒を盛ったのだ。最初は病気だと思っていたので解毒が手遅れになった。そして母は亡くなり私は離宮へ閉じ込められた。表に出すつもりはないと着飾ることもなく侍女のような姿で生きるための最低限の粗末な食事を与えられた。だが、どんな暮らしであっても私は王女であり巫女だ。母の最期の言葉を胸に祈り続けた。


 ある日、父に呼ばれ思いがけないことを告げられた。


「お前の嫁ぎ先が決まった。来月には出国することになる。準備をしておけ」


 正直なところ大変驚いた。フェリアには巫女となってすぐに王配となる婚約者を選んでいた。私には婚約者もいないまま、すでに22歳を迎えた。このまま朽ち果てるまで閉じ込められ続けるのだと思っていた。単純に父の親心だとは思うことは出来ない。政治的な使い道が見つかったのだろうか。


「私はどちらへ嫁ぐのでしょう?」


 問いかけに父は昔母と訪れた外遊先の国の王だと告げた。私は別れ際の王太子殿下の笑顔が頭の中に浮かんだ。私の初恋の人。今はもう国王になられたのだろうか。もう一度お会いすることが出来る。ああ、こんな幸運があるのだろうか。私は愚かにも浮かれてしまった。だがその思いは瞬時に打ち砕かれる。


「お姉様。良かったですわね? その国の王様は先日王妃様を失くして寂しくしているそうですよ。60歳をいくつか過ぎてもお元気なようなのできっと可愛がっていただけますわ」


「60歳を過ぎて?…………」


 異母妹は青ざめる私の顔を見て嬉しそうにしていた。私の不幸がよほど楽しいのだろう。だがそんなことが気にならないくらい私は血の気が引いて立っているのがやっとだった。その後のやり取りの記憶は曖昧だ。それ以降はさすがに王族として嫁がせる準備をするためにと王宮の片隅で生活をすることになった。私の世話係に侍女のマーサが付けられた。


 私と同じ年のその侍女はよくしゃべり明るく私を励ましてくれた。そして嫁ぐことになった経緯を教えてくれた。


 愛妾とフェリアの贅沢は止まらず豊かな国でありながら重税を課した。それでも金が足りないと今回の婚姻と引き換えに援助をもぎ取ったそうだ。私は金で売られるのか。

 結局のところ、私は王女としての力がなく、それならばと巫女として懸命に祈ったが民を救うことは出来なかった。それを真実思い知らされた。加護を持つ巫女などいても役立たずじゃないか。


 気付けば頬を冷たい涙が流れ落ちる。それがポタポタと床を濡らし続ける。無力であることを知ることがこれほど苦しいことだと知らなかった。まるで存在そのものを否定されたようで心がポキリと折れる音が聞こえた気がした。その上これから父よりも年上の男に嫁がなければならない。母を亡くした時に孤独と絶望を味わった。あのときこれ以上の絶望は存在しないと思っていたが今、再び同じ思いを感じている。私は悲しみには果てがないことを知った。


 とうとう私が国を出る日が来た。護衛の騎士と世話係は侍女マーサが一人だけ。異国に付き添ってくれるマーサには感謝しかない。私には嫁入り道具などもなく最低限必要な着替えなどがあるだけだ。随分とみすぼらしい嫁入りとなったがそれも仕方がない。見送りにはフェリアだけが顔を出した。大きな宝石をいくつも飾り、派手なドレス姿で美しく装っていた。


「お姉様にいいことを教えてあげますわ。かの国の王様は残虐で女性の泣き顔がとてもお好きなそうですよ。ふふふ。ねえ。お姉様。私の婚約者は公爵家の男でとても麗しい方です。私はきっと幸せになれますわ。ですからお姉様もどうぞ幸せになってくださいね」


「そう、ありがとう。あなたもお幸せに」


 私の不幸を望むその顔は醜悪に見えた。そしてフェリアの幸せを純粋に願うことの出来ない自分の顔も同じようなものだろう。私は心の中でこの国に眠る母とこの国に別れを告げた。

 フェリアを一瞥し踵を返して馬車に乗り込んだ。






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