第95話・ストリクスの暗躍
時は遡り、リーヤを飛び出したフルレとアースラが出会う前日の夜、アースラは黒のローブを身に纏って裏の仕事を遂行していた。
「ひいっ、許してくれ! 金ならいくらでも出す! だから命だけは助けてくれっ!!」
広い館の中、雇っていた百人に及ぶ護衛たちがあっさりとやられたことで標的である男は酷く取り乱し、涙や鼻水、冷汗や小水を垂れ流しながら必死でアースラに命乞いをしていた。
「ウインドカッター」
しかしアースラはそんな男の言葉に表情一つ変えることなく、少しの迷いもなしに男の首を魔法で切り離し、床に転がった頭部を見て何も言わずに踵を返し館をあとにした。
「――ジード、最後の標的はどこの誰だ?」
館を出たアースラは町外れの森の中に待機しているジードと合流し、ガロウに乗りながらそう尋ねた。
「次はリトルワーゼに居る富豪、カリオッシュが標的だ」
「リトルワーゼか、ここから少し遠いな」
そう言ってアースラがガロウの体をポンポンと叩くと、ガロウはスッと立ち上がって移動を始めた。
「で、そいつはどうして標的に選ばれたんだ?」
「カリオッシュは路頭に迷っている孤児を拾い上げ育てている慈善家として有名だが、その裏で拾い上げた孤児をいたぶり殺しているサディストでもある」
「そりゃまた胸糞悪い趣味の持ち主だな」
「ああ、俺が調べた限りじゃ、カリオッシュに玩具にされて殺された子供の数は四百人を軽く超えている」
その話を聞いたアースラはギリッと上下の歯を噛み合わせ、ガロウを繋いでいる手綱を強く握り締めた。
「……そうか、急ぐぞジード」
「ああ」
瞳に怒りの色を漲らせながらアースラはガロウの速度を上げ、リトルワーゼへと急いだ。
× × × ×
暗かった空が徐々に白み、太陽が世界を照らし始めた頃、アースラはリトルワーゼから少し離れた場所にある高い絶壁に背中を預けて座り、そこでジードが戻って来るのを待っていた。
「待たせたな」
「終わったのか?」
「ああ、囚われていた子供たちの全てを受け入れてもらうのは容易じゃないが、今回の件でカリオッシュの残虐行為も露呈したし、奴が持っていた財産を出させるようにすれば孤児院への受け入れもスムーズにいくだろうさ」
「そうか」
ホッとした感じでそう言うと、アースラはゆっくりと立ち上がってガロウの手綱に手を伸ばした。
「アースラ、これはまだ未確認情報で上には報告してない話だが、この数日間でお前にやってもらった仕事の全てにストリクスが関わっている可能性がある」
「ストリクスが?」
「ああ、ストリクスは水面下で勢力を広げていてな、着実に裏社会に浸透してきている。今回の仕事の標的となった奴らも陰でストリクスが操り利用していた可能性も高い、だから気をつけろ、ストリクスが関わっていそうな件にこんだけ首を突っ込んだ以上、お前にもそれなりの危険が降りかかる可能性がある」
「危険なんてストリクスが関わっていようがいまいが変わらんだろ、俺たちのやってることはそういうもんだからな」
「確かにそのとおりだが、お前はともかくお前が大切にしている人たちにも危険が及ぶ可能性はあるんだ、だから用心だけはしとけ」
「ああ、分かってる」
「今回はやけに素直だな、いつもなら『俺に大切な奴なんていねえよ』くらいのことは言うだろうに」
「お前の中の俺はどんだけ捻くれてんだ?」
「ははっ、お前と長くつき合ってるとそんな風に思っちまうんだよ」
「ちっ、妙なイメージを作りやがって、とりあえずそっちの仕事も終わったみたいだし、俺は帰るぞ」
「ああ、ご苦労だったな、気をつけて帰ってくれ」
「はいよ」
こうして数日に及ぶ裏の仕事を終えたアースラは、リトルワーゼで借りたウーマに乗ってリーヤへ戻り始めた。
× × × ×
「今のは何だ?」
リーヤへ戻る途中に通った近くの森の中から覚えのある魔力を感じ取ったアースラは、その森へ入って魔法が放たれた場所へと向かった。 すると周囲の何もかもが吹き飛んだ中心地にリーヤに居るはずのフルレの姿があり、アースラは立ち尽くしたままのフルレに近づいて行った。
「覚えのある魔力を感じて見に来てみれば、こんな所で何やってんだ? シャロとシエラは一緒じゃないのか?」
こうして森の中でフルレと出会ったアースラは、フルレの事情を聞いてから一緒にリーヤへ戻って行った。




