第92話・不思議はいつも突然に
アースラがフルレとファジーロッパーを連れて帰って来た日の夜、アースラはベッドの上でシャロ、シエラ、フルレが眠ってからもずっと眠らず考えごとを続けていた。
――フルレからは魔獣に襲われたって話を聞いたが、どうしてあのファジーロッパーは魔獣に変質してなかったんだ?
魔獣に襲われ傷を負ったものは人であれ動物であれモンスターであれ、その瘴気の影響を受けて魔獣へと変質してしまう。しかしフルレが拾い上げたファジーロッパーにはその兆候がまったく見られず、それがアースラに妙な疑問を植えつけていた。
――こんなことを考え続けても答えは出ねえが、一応警戒はしておかねえとな。
色々と不可解な点があることに気持ち悪さを感じながらも、アースラは再び寝返りを打って両目を閉じた。
× × × ×
翌朝、四人部屋の広い窓から暖かい陽射しが射し込む中、アースラは自分の頬を撫でる熱くヌルッとした刺激に目を覚ました。すると視界に自分の頬をペロペロと舐めているファジーロッパーと、その姿を見つめるフルレの姿が映った。
「お前ら何やってんだ?」
「目が覚めたらこやつがベルの所へ行ったから、何をするのかと見ておったのだ」
「妙な観察はしなくていいからちゃんと面倒を見とけ」
アースラは頬を舐め続けているファジーロッパーを両手で掴んでフルレに手渡し、ベッドから下りてテーブルの椅子に座った。
「ベルよ、こやつはなぜベルの頬を舐めておったのだ?」
「さあな、俺の頬を舐めてた理由なんて、そいつと話しでもできない限り分からんだろ」
「なるほど、そちはどうしてベルの頬を舐めておったのだ?」
『僕を助けてくれたお礼をしてたの』
ファジーロッパーが会話のできるモンスターではないと分かっているにもかかわらず、フルレが両手で抱え上げたファジーロッパーを見ながらそう問い掛けると、アースラとフルレの頭の中にそんな声が響き、アースラは素早くファジーロッパーへと視線を向けた。
「これは驚いたのだ、そちはいつの間に話せるようになったのだ?」
『急に二人の話してることがはっきりと分かったから喋ってみたんだけど、言葉が通じたみたいだからボクもビックリしたよ』
「何やらよく分からぬが、話せるようになったのは良いことなのだ」
「いや、今のはそいつが直接喋ったわけじゃない、これは念話だ」
「ねんわ? 何なのだそれは?」
「念話は主にモンスターが使う会話法の一つだが、これができるモンスターはかなりの上位種な上に、その中でも極々限られた奴にしか使えない」
「ほう、ではこやつは凄い奴なのだな」
――ずいぶん昔に念話ができるモンスターに遭遇したことはあったが、どうしてファジーロッパーが念話を使えるんだ? 普通なら有り得ないはずだが。
『ボクって凄いの?』
「うむ、凄いのだ!」
「ファジーロッパーに念話は使えないはずだが、どうしてそんなことができるようになったか分かるか?」
『ファジーロッパーって、もしかしてボクのこと?』
「ああ、俺たちはお前たちの種族をそう呼んでいる」
『そっか、人間はボクたちのことをそう呼んでるんだね、でもボクにはモコって名前があるんだけどなあ』
「そちの名はモコというのか、ではこれからはそう呼ぶのだ」
『うん』
「代わりにフルレのことはフルレと呼んでいいのだ」
『うん、分かったよ、フルレお姉ちゃん』
「二人で盛り上がるのはいいが、俺の質問にはいつ答えてくれるんだ?」
『あっ、ごめんね、アースラお兄ちゃんが言ってる念話をボクが使えてる理由は分からないけど、みんなとお喋りしたいなと思ってたら通じたんだ』
――モコが念話を使えてるのは事実だが、それができるようになった理由はいったい何だ?
思わぬ事態を前にしたアースラは、とりあえずシャロとシエラを起こすために椅子から立ち上がった。




