第8話・深夜の来訪者
多くの人たちが寝静まった深夜、アースラは部屋の前で止まった覚えのある人物の気配を感じ、ベッドから起き上がって扉の方へ向かった。
「久しぶりの仕事か?」
アースラが扉の向こう側へ向かって静かにそう尋ねると、小さく音を立てて開いた扉から黒のローブを纏った男が素早く入って来た。
「俺がお前の所に来る理由なんて、ほとんどがそうだろ」
「まあそうだな、インビジブル」
黒のローブを纏った男へ近づいたアースラは、魔法で相手の姿を見えないようにし、部屋の中にある二組の簡素な木製椅子の方へ歩き始めた。
「おっと、忘れるところだった、サイレントフィールド」
向かった先の椅子に座る寸前、アースラは周囲に声と音が漏れないようにする魔法を展開し、そのあとで椅子に腰を下ろした。するとテーブルを挟んだアースラの対面にある椅子が動き、重苦しく軋む音を立てた。
「第12序列魔法インビジブルにサイレントフィールド、相変わらずすげえな。まあそれよりも、お前の姿は見えなくしなくていいのか? あのお嬢ちゃんが目を覚ますかもしれんだろ」
「俺はこの部屋に泊まってるんだから何の問題もない、それにアイツは嫌な気配でも感じない限りはなかなか目を覚まさないから大丈夫だ。それで今回の仕事は何だ?」
「アストリア領内の村を襲っている盗賊団の始末だ」
「盗賊団か、戦力は?」
「戦士が十人、盗賊が十二人、魔法士が九人、その内二人のマジックエンチャンターは第7序列魔法を使う手練れらしい」
「世間で認知されてるマジックエンチャンターが使う魔法の最高序列がだいたい第8までだから、第7を使えるならかなり手強いな。ボスはどんな奴なんだ?」
「お前が好きそうな低身長の美人さんだ」
「おいおい、美人はともかくとして、いつから俺は低身長の女が好きってことになったんだ?」
「いつからも何も、俺たちの間じゃもう常識みたいになってるが、違うのか?」
「違うに決まってんだろうが」
「それじゃあアレか? 低身長の女じゃなくて、単純に小さな女の子が好みってことか?」
「そんな趣味はねえよ」
「でもお前、任務の時にそういった感じの子を優先して助けることが多いじゃないか」
「たまたまだよ」
「ほーお……それにしても、助けた女の子を弟子にしたって聞いてはいたが、本当だったんだな」
「ああ」
「お前がそんな面倒なことをするなんて信じられなかったが、弟子のお嬢ちゃんはどんな感じなんだ?」
「どうもこうも、修行を始めてからまだ4ヶ月だ、弱っちいに決まってるだろ。だがアイツにはマジックエンチャンターとして破格の素質がある、しっかりと鍛練を積めば今の俺くらいには強くなるかもしれん」
「ほお、捻くれ者のお前がそこまでの評価をするとは珍しい、長生きはするもんだ」
「ちっ、無駄話が過ぎたな、さっさと仕事の話の続きをしようぜ」
「そうだな、標的のアジトは分かってるから、お前はそこに乗り込んで始末をつけてくれ」
「相手の生死は?」
「今回は殲滅任務だが、お前の思うように遠慮なく殺ってくれ」
「分かった、それでアジトはどこだ」
「リーヤから二十キロほど北西に行った所ある洞窟、そこに盗賊団のアジトがある」
「分かった」
「今回は敵の数も多いから、逃がさないように気をつけろよ。まあお前に限ってはそんな心配必要ねえだろうが」
「ああ、ところで今回の見分役は誰がやるんだ?」
「俺だよ」
「そうか、それなら遠慮なく好きにさせてもらえるな」
「おいおい、好きにするのは構わんが、後始末をする俺のことも少しは考えてくれよ?」
「へいへい、それじゃあジード、クソ生意気な弟子が目を覚ます前にとっとと行こうぜ」
「生意気なのはお前の影響を受けたからじゃないのか?」
「うるせーよ、さっさと行くぞ」
闇と静寂が支配する深夜、アースラは道具袋に入れていた目以外を隠す黒のローブを取り出し身に纏い、宿を出て町の外へ向かい始めた。