第36話・それぞれの事情
猫飯亭で晩御飯を食べたあと、シャロは自分たちが泊まる宿へシエラを案内し、あとから帰って来たアースラと部屋の中にある丸型テーブルを囲んで話をしていたが、その途中でシャロは眠りに落ちていた。
「これでよしっと」
眠ったシャロをベッドへ移動させたシエラは、再びアースラの対面にある椅子へと腰を下ろした。
「シャロちゃん可愛いね」
「アイツはお子様だからな、何かない限りは遅くまで起きてられないんだよ」
「またそんなこと言って、シャロちゃんが聞いたら怒っちゃうよ」
「事実だからしょうがねえだろ」
「そういう物言いもあの頃と変わらないね」
「そんな昔のことは覚えてねえよ。それにしても、まさかシエラが冒険者になってるとは思わなかったな」
「そうしないと生きて行けなかったからね」
「生きて行けなかった? 村には家族も居るんだから、生きて行けないなんてことはないだろ」
「……実はね、お父さんとお母さんに無理を言って冒険者になったって話、あれ全部嘘なんだ」
「どうしてそんな嘘を?」
「私が居た村は9年前に滅んだの、突然攻め込んで来た人間の手で住人のほとんどが殺されちゃったから」
「略奪か?」
「それは……ベル君、これから話すことは誰にも内緒にしてほしいの、もちろんシャロちゃんにも」
「シャロにもか?」
「うん、せっかく仲良くなったのに怖がらせたくないから」
シエラは申し訳なさそうな表情を浮かべると、ベッドで眠っているシャロを見た。
「分かった、今から聞く話は俺の胸の中だけにしまっておく」
「ありがとう、ベル君はさ、ヴァンパイアって種族の話は聞いたことがあるかな?」
「確か生物の血を吸って生きるっていう、伝説上の種族のことだったと思うが」
「実はね、私はそのヴァンパイアなの」
「マジで言ってんのか?」
「うん、本当だよ、そして私たちの村が襲われた理由だけど、ヴァンパイアの血が狙われたからなの」
「どうしてヴァンパイアの血が狙われるんだ?」
「どこからそんな噂が流れたのかは分からないけど、ヴァンパイアの血には若返りと不老不死の効果がある――なんて話が流れたらしくて、その話を信じた人間に村は滅ぼされたの」
――9年前なら俺が魔王を倒して間もない頃か。
「それでシエラは冒険者として生きるしかなかったってわけか、戦い方は誰に習ったんだ?」
「ベル君たちとお別れして仲間の住む村へ行ったあと、そこに住んでた師匠に習ったの、私も強くなりたかったから。村が滅んでからは独学になっちゃったけどね」
「そうか、とりあえずシエラにも事情があるのは分かったが、裏の仕事をやるのはもう止めておけ」
「……やっぱり気づいてたんだね」
「前に会った青目の女と声や話し方が一緒だったしな、気づかん方がおかしいだろ、俺のことも捜してたしな。それにあの時はともかく、シエラも俺があの時の男だってもう気づいてたんだろ」
「うん、気づいたのはちょっと前だったけどね。そして私はまんまとベル君の嘘に騙されちゃってたわけですよ」
「悪いな、ああいうところで正体を明かすと面倒事に巻き込まれる可能性があったからな」
「そっか、だったら嘘をついたことは特別に許してあげる」
「ありがとよ」
「ねえ、どうしてベル君は裏の仕事なんてやってるの?」
「……」
「私には話せない?」
「……理由は色々とあるが、蛇の道は蛇ってことで、俺が探してるものの情報を得るのに手っ取り早そうだったからだな」
「探しものって何?」
その質問に素直に答えるべきかどうか迷ったアースラだったが、少し悩んだ末に自分が裏の仕事をやっている目的を掻い摘んで話し始めた。




