第2話・命の価値
「いつまで汚い呻き声を上げてるつもりだ?」
「だ、誰だっ!!」
「化け物に名乗る名前はねえよ。それよりもお勧めの場所が無くなった気分はどうだ? 是非感想を聞かせてほしいね」
「な、なんだと!? キサマこんなことをして無事に帰れると思ってんのか!」
「俺の心配をしてもらう必要はない、お前らに殺されることは万に一つ――いや、絶対に無いからな」
黒のローブを纏った人物は両手に装着していた黒の革手袋を外して腰のベルトに挟み、両手の平を男の方へ突き出した。
「両手の平に紋章……まさかお前、10年前に魔王を倒したっていう伝説の英雄か?」
野盗の言葉に小さく自虐的な笑いを漏らしたあと、その人物はローブのフードを上げ、悲しみ溢れる表情を浮かべていた。
「伝説の英雄か……懐かしい響きだが、俺にとっては何の価値も無い虚しい称号だ」
「なんだと?」
「ウインドカッター」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
黒髪の青年が突き出した両手から魔法を放つと、男は左手首から先と両足を根本から失った。それにより男は激しい痛みで一瞬にして意識が飛んだが、青年はそれを許さず即座に治癒魔法を使い、傷口だけを塞いで意識を強制的に覚醒させた。
「うぐっ、い、いったい何のつもりだ……」
「何のつもり? そんなの決まってるじゃねえか、飛びっきり苦しんでもらうためだよ。アンタ言ってたじゃないか、相手が苦しむ姿を長く見たいってさ、ただそれを体験する立場が自分になったってだけさ」
「ぐっ、魔王から世界を救った英雄がこんなことをするのか!? なぜだっ!」
「そんな話をお前にしてやる義理も義務もねえよ。さてと、そろそろ人生の幕引きといこうか」
「ひいっ、た、頼む助けてくれっ! もうこんなことはしないから! 命は平等で大切なものだって言うだろ? なっ?」
「平等だと? そこに倒れている女の子とお前の命が等価値だと本気で思ってんのか? 笑わせんな、お前みたいな奴の命に価値なんてねえよ、ゴミクズ以下だ」
「くそっ、キサマは英雄なんかじゃない! 悪魔だっ!!」
「悪魔ねえ、それじゃあ悪魔は悪魔らしく、悪魔らしい殺り方をするか」
青年は腰に下げていた麻袋から小さな水袋を取り出し、その中にある液体を男の口に無理矢理流し込んだ。
「ゲホゲホッ! な、何を飲ませやがった!」
「俺が魔女魔術学と錬金術を応用して作った特製の毒だよ」
「ど、毒だと!?」
「これは全身の痛覚を鋭敏にして激しい苦痛を与える遅効性の毒でな、全身に回りきって死ぬまで2日はかかる。ちなみにこの毒は苦痛こそ凄いが、途中で死んだり気絶したりはできないように調整して作ってあるから、その間は存分にもがき苦しんでもらうことになる」
「そ、そんな……うぐっ!!」
「少し毒が効いてきたみたいだな」
「ぐあああああっ! うぐあっ……痛い痛い! た、助けてくれっ! こんな苦痛を受け続けて死ぬなんて嫌だ! 頼むから助けてくれっ!」
「助けるわけねえだろ、お前はそれだけの苦痛を味わって当然のことをした、だから大いに苦しめ、それがお前にできる唯一の贖罪だ」
青年はニヤッと笑みを浮かべると、倒れている少女を抱き抱えてその場を去り始めた。
「た、頼むから置いてかないでくれっ! 本当に改心するからっ! こんな所で死にたくないっ! おいっ! 聞こえてるんだろっ! 頼むからーーっ!!」
男は力の限り命乞いの言葉を叫び続けたが、青年はその声に一度たりとも振り向くことはなかった。