第20話・違和感
――あのゴブリンたち、私が魔法を使おうとしても逃げなかった。
知性や理性に乏しいゴブリンだけなら、魔法を使うところを見ても何も考えずに突っ込んで来る可能性は十分にある。しかし今回の場合は熟練のベテラン冒険者が死に追いやられている、それがシャロに妙な引っ掛かりを与え続けていた。
「シャロさん!」
妙な違和感を前にシャロが考え込んでいると、見分役のラニーが慌てた様子でこちらに向かって来た。
「どうかしましたか?」
「さっき二匹のゴブリンが森の奥へ逃げて行くのが見えました!」
「森の奥へですか?」
「はい、ですからすぐに追いかけて叩きましょう」
「えっ、このまま追撃するんですか?」
「今なら逃げ去った方向も分かりますし、上手くいけば奴らの住処を見つけて潰すことができるかもしれませんから」
「……分かりました、でもその前に一つ聞きたいんですが、今回のゴブリンによる略奪事件の死者はどれくらい居るんでしょうか?」
「死者ですか? 先ほど言った冒険者三名だけですが」
「略奪を受けた行商人たちに死者は居ないんですか?」
「はい、居ません」
「……なるほど、お時間を取らせてすみません、逃げたゴブリンを追い掛けましょう」
「はい、それでは急ぎましょう」
シャロは頷くと周囲を警戒しながらラニーの後に続いて進み始めた。
――やっぱりおかしい、襲われた行商人に一人の死者も居ないなんて。
ゴブリンが略奪のために人を襲うことはよくある、しかし物だけを奪って人は殺さないということはまずない。なぜならゴブリンにとって、人間は数ある食料の一つと変わりないからだ。それなのに今回の一件では冒険者以外に死者は居ない、それがシャロの中にある気持ち悪さを更に強めていた。
そしてそんな気持ち悪さを感じながら周囲を警戒して歩いているシャロとは違い、ラニーは大した警戒心も感じさせない様子でスタスタと先に進んでいる。
「ラニーさん、そんなに早く進んで大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、私だって見分役をしてそれなりに長いですし、危険の察知くらいはできますから」
「それならいいんですが」
シャロの心配をよそにラニーはどんどん森の奥へと進み、シャロは少しぬかるんだ地面を観察するように視線を泳がせていた。
そして森に入ってから十数分ほどが過ぎた頃、シャロは進んでいる森の奥が開けているのが見え、更に先の切り立った崖に大きく口を開けた洞窟があるのが見えた。
「洞窟の前に見張りのゴブリンが二匹、どうやらあそこが住処みたいですね、シャロさん」
「そうですね」
二人は木陰に隠れながら洞窟がある方を見たが、シャロだけはゴブリンの存在を確認すると、すぐにその視線を湿った地面へと向けた。
「それではシャロさん、あとはお任せします」
「分かりました、今から再準備をして住処に奇襲をかけます。身体力強化、魔法抵抗力強化、状態耐性強化」
「気をつけてくださいね」
「はい、あっ、もしもこの森に伏兵が居たら危ないので、ラニーさんにも強化魔法をかけておきますね」
そう言うとシャロはラニーの返答を聞くことなく即座に魔法を使った。
「これで大丈夫なはずです、では行って来ますね」
「はい、ご武運を」
ラニーの言葉にコクンと頷くと、シャロは二匹のゴブリンの死角になる位置へ移動を始めた。




