第13話・今の自分がある理由
20分も経たない内に標的の盗賊団を壊滅させたアースラは、事後処理を見分役のジードに任せて円形城塞都市リーヤの近くまでガロウに乗って戻った。
「ご苦労だったな」
腰に下げていた麻袋から動物も食べられる携帯食料を取り出し、それをガロウに食べさせた。そしてそれを食べ終えたガロウに水を与えたあと、アースラはジードのもとへ戻って行くガロウを見送ってから宿へ戻り始めた。
「あっ、アースラさん、こんばんは」
リーヤへ入って宿へ向かっていると、その途中で涼やかな声が掛けられた。
「シノブか、どうしたんだその恰好は? ずいぶん汚れてるじゃないか」
「あはは、探しものをしてる途中でドジ踏んじゃって、アースラさんは裏のお仕事の帰りですか?」
「ああ」
「相変わらず頑張ってるんですね」
「まあな」
「でも疲れた顔をしてますから、ゆっくりと休んでくださいね」
「ああ、お前も死なないように気をつけろよ」
「はい、ではまた」
シノブは微笑みを浮かべると、町門の方へ歩いて行った。
「――ふうっ、毎度のことながらしんどいな」
宿の部屋へと戻ったアースラはベッドに寝転がり、少し黒ずんだ染み汚れの付いた石造りの天井を見ながら疲れた声を出した。
アースラが裏の仕事に関わり始めてから7年ほど経つが、未だに仕事を終えたあとはこんな感じになる。それは今回で言えば創造魔法を多用したこともあるが、彼を最も疲弊させている原因は、世に蔓延る外道悪党がまったく減らないことだった。
――俺がどれだけ躍起になっても、世の中の理不尽を全て消し去ることはできない、そんなのとっくの昔に分かってたはずなのにな……。
諦め交じりの溜息を漏らすと、アースラは首に掛けていた楕円形の銀のペンダントを手に取って横開きの蓋を開き、その中にある小さな黄色の宝石が埋め込まれた銀の指輪を取り出した。
「リリ、俺のやってることは無意味なんだろうかね」
エオスを恐怖で支配していた絶対強者、魔王から世界を救い、英雄とまで呼ばれたアースラだったが、人も亜人もすぐに置かれた状況に慣れてしまう生き物で、魔王が居なくなってから1年も経たない内に平和慣れした人間や亜人種たちとの間で覇権争いが始まってしまった。
当時まだ少年だったアースラは魔王を倒したことによって生じた事態を愁い、それによって引き起こされた取り返しのつかない悲劇を前に、全てを壊してしまいたい――という強い思いに駆られたことがあった。
しかしそんな憎悪と憤怒に駆られるアースラをギリギリのところで止めたのは、リリが口にしていた言葉だった。
『どんなに過酷で嫌な世界でも、ここはベルと私が出会った世界、だから大切に思ってほしいの。だってこの世界があったから、ベルと私は出会えたんだから』
「あれから9年も経つのにしっかり覚えてるもんだな」
昔のことを思い出して小さく微笑むと、アースラは寝返りを打ちながら隣のベッドで眠っているシャロへと視線を向けた。
――そういえば、シャロもどことなくリリに似てるところがあるな。まあ、クソ生意気なところは似ても似つかねえけど。
「ううん、ししょぉ、今に見てるがいいですよぉ……」
「コイツ夢の中でも俺に生意気言ってんのか? まあ頑張って強くなれ、お前ならきっと強くなれるだろうさ」
小さな笑みを浮かべてそう言うと、アースラはシャロに背を向けて両目を閉じた。




