第12話・闇を知る者
圧倒的な力量差を前にしたボスはへたり込んだまま後退って洞窟の壁を背にし、恐怖に打ち震えながら小水を垂れ流し始めた。
「お前が今感じているだろう恐怖は、これまでお前たちが殺してきた人たちが感じていた恐怖と似たようなものだろうさ。自分がその立場になった気分はどうだ? その恐怖がどれほどのものか分かるか? 強者による絶対の死を前にした者の恐怖が」
「た、助けて……」
「お前やここへ来るまでに居た連中はそこの二人みたいにあっさりと死なせはしない、これでもかってくらいの恐怖と苦痛を味わってもらう。ちなみにお前には、もっと特別な方法で更に苦しんでもらうつもりだ」
「な、何をするつもりよ」
「それは実際に体験した方が早いさ、創造魔法、疑似不死者」
「止めて、いやあぁぁぁぁぁっ!!」
アースラの両手から漆黒の霧が放たれると、その霧はボスの全身をあっと言う間に包んだ。そしてその霧が晴れると、そこには死者のように血色を失くしたボスの姿があった。
「な、何これ、いったい何をしたの!?」
「お前を強制的にアンデッド化した、これでもう魔法が解けるまでお前は死ぬことができない」
「私でさえ相手をアンデッド化するのは簡単なことじゃないのに、こんな一瞬でしかも意識を保ったままのアンデッド化なんてできるはずないわ……」
「普通はそうだろうな、だが俺のフェイクアンデッドはかけられた者の意識を保つ代わりに、相手の痛覚や飢餓感をアンデッド化前の数十倍に跳ね上げるという代償を伴う、例えば――」
アースラは足元に落ちていた小指の爪ほどの大きさの石を拾い、それをボスの体へ投げつけた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「とまあ、そんな感じになる。ちなみにこの魔法にかかると食欲以外の生理現象は起きなくなるが、食事を摂らなくても死ぬことはないし、どれだけ傷つけられても死ぬことはない。そしてこの魔法は呪いに属する性質があるからその効果期間も長い、だいたい1ヶ月間ってところだろうな。だからその間はありとあらゆる苦痛を受けてもらう」
「そ、そんな……助けて! お願いよ! 今までの罪はちゃんと償うからっ!」
「お前が犯した罪をどう償うつもりだ? 言っておくが、反省するだけなんて償いにもならんぞ。もしも自分たちの欲望を満たすためだけに殺しをしたお前たちに罪を贖う術があるとすれば、まずは奪い取った命を戻すことが最低条件だ。それがお前にできるか? できるなら助けてやるさ」
「そ、そんなこと出来ないわよ、死んだ人を生き返らせるなんて……」
「そう、つまりはお前が犯した罪を贖う術は無いってことだ。そしてそれが出来ないお前が奪った命に対してできるせめてもの贖罪は、苦しみもがいて死ぬことくらいしかないんだよ」
「い、嫌よっ! 私はまだ死にたくない!」
「命は尊いものだが、その価値は平等じゃない、お前たちは自らの行為でその価値を落としたんだ、気づくのが遅かったな。そしてお前たちが殺してきた人たちも、今のお前みたいに死にたくなかったんだよ」
そう言うとアースラはボスが手放していた杖を拾い、地面に六芒星を描いて召喚文字を配した。
「闇の世界より現れ出でよ、全てを切り裂く者ジャックザリッパー!」
アースラの呼び掛けに魔法陣が不気味な黒い光を放つと、そこから甲高い笑い声と共に鈍く光る二本の短い得物を持った異形の者たちが姿を現した。
「ジャックザリッパー、この洞窟内に居る奴らを今から1ヶ月間、ありとあらゆる手段を使って拷問し続け、そして殺せ。それとコイツだけは特別に残酷な手段を使って痛ぶり殺せ」
その言葉に一人のジャックザリッパーが鋸のような歯を見せてニヤリと笑みを浮かべ、ボスの方へ向かい始めた。
「ひっ!? お、お願いよ、許して、許してえぇぇぇ! いやあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「そこで死の瞬間まで恐怖し、苦痛にもがき続けろ」
洞窟内にボスの悲痛な悲鳴が木霊し続ける中、アースラは顔色一つを変えずに洞窟の外へ向かい始めた。




