第117話・解き放たれた力
シャロは怒りの叫びを上げ闇に包まれたが、その闇が晴れたあとには頭の左右に夜の闇よりも深い漆黒の角があった。
「な、何だお前は!? 化け物か!」
シャロは無惨にも命を奪われたニアの瞳を血がついていない左手で優しく閉じると、冷たく凍りつくような鋭い視線を男へ向け、ニアの血で赤く染まった右手を突き出した。
「ファイアブラスト」
真っ赤に血濡れた右手から豪炎の魔法を放つと一瞬で男の体を飲み込み、凄まじい勢いで焦がし始めた。
「ぐあああああーーーーっ!!」
男は業火に焼かれながら地面に転げてもがき苦しみ、最後には人だったことさえ分からぬほどの消し炭となった。
「何だ今の声は! ひっ!? ば、化け物っ!!」
「ウインドカッター」
男の断末魔の声を聞いてやって来た仲間に対しシャロはその冷たい視線を向け、何の躊躇もなく魔法を放ち男の胴を上下に切り離した。そしてシャロは次々に現れる野盗たちを容赦なく魔法で殲滅し、逃げ去った者たち以外の全てをその手で惨殺した。
「――ニアちゃん、雨が降ってきたよ……」
夕日が地平の彼方に沈もうとしていた頃、村を襲っていたほぼ全ての野盗を殺したシャロは、村人の悲鳴も野盗の下卑た笑い声もしなくなった村の中でニアの遺体を抱き上げて立ち尽くし、降り始めた雨に打たれながら永遠に返事をすることのないニアに声を掛けた。
「――シャロ! 居たら返事をしろ!!」
シャロから遅れることしばらく、カルミナ村へ着いたアースラが村内へ入って声を上げると、ニアを抱き抱えたシャロがアースラの方へ歩いて来た。
「師匠、私はニアちゃんを救うことができませんでした……」
「お前、シャロなのか?」
降り注ぐ雨に混じって涙を流すと、シャロはニアを抱いたまま意識を失ってその場に倒れ、それと同時に頭の左右に生えていた漆黒の角も消え去った。
「しっかりしろっ! おいっ!!」
降り注ぐ雨が激しさを増し、アースラの声だけが村内に響き渡っていた中、村からかなり離れた場所にある森の中に二人の様子を見ている者の姿があった。
「あの少女、もしかしたら……これは少し様子を見る必要がありそうですね」
アースラとシャロをじっと見ていた者は薄く笑みを浮かべながらそう言うと、まるで霧に包まれるようにしてその姿を消した。
そしてアースラが村に到着してから1時間ほどが経過し、激しい雨が止む気配を見せた頃、アースラに頼まれていたとおりにリーヤの治安維持隊を連れて来たシエラとフルレが、不気味なほど静まり返っているカルミナ村へ到着した。
「シャロちゃん! ベル君! どこに居るの!」
「ここだシエラ」
焼け落ちるのを免れた家屋から気を失っているシャロを抱き抱えて出て来たアースラは、シエラに向かって近づき抱えていたシャロを差し出した。
「シエラ、悪いがシャロをリーヤに連れ帰って休ませてくれ」
「それはいいけど、ニアちゃんや村の人はどうなったの?」
「ニアも村人もほとんどが殺されていた」
「えっ、嘘でしょ? そんなの嘘だよね!!」
「……」
「そんな、ニアちゃんや村のみんなが殺されたなんて、そんなのないよ……」
沈黙で答えたアースラを見てシエラは力なくその場にへたり込み、シャロをぎゅっと抱きしめながら大粒の涙を零し始めた。
「ベルよ! ニアたちを殺したのはどこのどいつなのだっ! このフルレが魂に刻み込まれる程の恐怖と苦痛を与えその存在を跡形もなく消し去ってやるのだっ!!」
「フルレ、悪いがこの件は俺に任せてくれ」
「それではフルレの怒りが収まらんのだっ!!」
「お前の憤りはよく分かる、だがこの件は俺に任せてほしい、頼む」
「……分かったのだ、だが任せるからにはフルレの怒りもきっちりと込めるのだ」
「ああ、任せろ」
静かな口調にも関わらず、その瞳にかつてないほどの激しい怒りの色を宿していたアースラを見たフルレはその気持ちを汲み取って頭を縦に振り、自分の中にある怒りをアースラに託した。
「フルレ、シエラが落ち着いたら一緒にリーヤへ帰ってやってくれ、今のままじゃモンスターと遭遇してもまともに戦えないかもしれない」
「分かったのだ」
「助かる」
このあとアースラはリーヤの治安維持隊に事の顛末を話し、治安維持隊と共に殺された村人たちの遺体を運び出した。




