13歳、つまりはそういうことでした?!
結局、隣国の王女がヴァルティス公爵令嬢を自国へ誘ったのかどうかは定かではなかったけど、王女の突然の帰国は、翌日全校生徒が集められた講堂で、ぬるっと告げられた。
生徒にとっては、第四庭園の地面の補修のため翌日から全校生徒が一斉に一時帰宅となることのほうが重要だったからだろうけども。
今回の件、色々な始末は皇太子主導で行われるようで、最後に壇上には皇太子が上がった。
『……君たちが戻るまでに、必ず、この学園を過ごしやすく、安全な場所にしてみせる。君たちが安心して戻ってこれるよう、最善を尽くすことを、ここに誓うよ』
この皇太子なら必ずやり遂げてくれる――。
そういう安心感がそこにはあった。
さて、そんなことを思い出している私はといえば。
一時帰宅後、ついでとばかりに領地へ戻ってきていた。
『あら。だったら領地へ戻っていらっしゃいな』
なんて、知らせを聞いてすぐ使いを送ったらしい母の申し出に逆らえる者は、エルディ家には誰一人としていないからである。
「……」
「……」
そして私もその一人に違いはなく。
領地へ到着するなり、母とのティータイムを過ごしているわけであるが。
(な、なにかしら、このおかしな空気は……)
それもこれも、いつもならティータイムの準備が終わっても母と一緒になってきゃらきゃら話を広げてくれる母の侍女が、今日は準備が終わったかと思えば、さっさと居なくなってしまった上に、なぜか話を始めるわけでもなく、母が黙々とお茶の味を楽しんでいるためである。
いや、お茶の味を楽しむのはいいことだけども!
「……」
「……」
かと思えば、母はおもむろにティーカップを置いた。
「リーア」
「は、はい、お母さま」
「そろそろ皇太子殿下から告白されたかしら?」
「っ、げほっ!」
なにも飲んでなかったのに噎せた。身構えてたのに!母の発言が唐突過ぎて無理だった。
「え、と…色々言いたいことはあるんですが、あの…お母さまも、殿下の、その…ご存知だったんですか…?」
「……」
いや、確かに聞くのはそれ?と我ながら思ったけども!そしてなんか色々濁しまくったけども!
母はそこまで?ってくらいの、ものすごいきょとん顔だった。
「殿下のこと、分かってなかったのは屋敷の中でリーアだけよ?」
まじですか…。しかも、屋敷中が知ってるわけですか…。
「……」
「その様子じゃ、すでに告げられたあとみたいね」
この場合、母が鋭いのか、私が分かりやすいのか、どっちなんだろう。どっちもなのかもしれない。
なんとも言いづらくて黙ったままでいたけど、母は特に返事を求めないみたいだった。もう確信があるからだろう。
「……ねぇ、お母さま」
「なぁに?」
「お母さまはお父さまと、どうして結婚したの?」
「そうねぇ……好きだったからよ」
「……」
「と、言いたいところだけど」
「えっ」
母は、お茶目というのが似合う顔で「内緒よ?」と笑う。
「お父さまと結婚の話が出た時、お母さまには他に好きな人がいたの」
えーーーっ?!
と、叫ばなかったのを誰かに褒めてほしい。
政略結婚だったの、みたいなことかと思ったのに、思ったより爆弾発言だった。
母は私の混乱をよそに、遠い目で昔のことを思い出しているようだ。
「その人、今思えばなかなかの人で、借金はあるし、女遊びは好きだしで、はっきり言うと、びっくりするくらいのろくでなしだったのよね。どうしてあんな人、好きだったのかしら」
「……」
「お母さまは、何度もその人に泣かされて来たわ。周りがどれだけ止めても、それでも、好きだったの」
母は意外と強烈な恋する乙女だった。今のおっとり美女の感じとえらい違いだ。
「でもね、ある日、目が覚めたのよね」
もちろん、お父さまのお陰でね。
母は続けた。目が覚めたのは父の言葉がきっかけだったという。
曰く。
『あんなやつのどこが好きだか知らないが、私はあなたを愛しています!この世界の誰よりも、あなたを幸せにすると神に誓える!こんなに泣くぐらいなら、他の誰でもない、私についてきてください!』
うわぁ。父熱烈……。
「それでようやく考えられたの。こんなに、他の誰でもない、私を、愛してくれる人っているのかしら、って」
「……」
「実際、お父さまは泣く暇もないくらい、私を愛してくれるし、この人と一緒になれて幸せだと、胸を張って言えるわ。ねぇ、リーア」
「……はい」
「なにをおいても、自分だけを好きになって……愛してくれる人がいるって、素敵なことよ」
「ねぇ、ルル。愛ってなんだと思う…?」
「え…っと……」
「おい、困らすなよ」
ロイにたしなめられて、私は大きなため息をついた。
ところ変わってナナリ孤児院。
母とのティータイムが父との惚気になった辺りで、兄となんやかんややってたらしいロイが遅れて領地に到着したので、さっさと抜け出て今に至る。
「だって〜」
「だってじゃない。あと、なんだよ急に。愛って」
「それが分からないんじゃない〜」
母の言いたいことは、まぁ分からなくもない。だって、婚活の時、散々思ったものだ。人が人を好きになって、結婚するのってすごい。
でも、前世では恋だの愛だのをすっ飛ばして生きて多分死んだのだ。母に聞いていてなんだが、目の前にある問題が解決したかと言われれば、やっぱり、そんなことはないのだ。
「ロイ。あのね、お母さまも知ってたのよ、皇太子殿下のこと……」
「まぁ……そうだろうな」
「屋敷中で知らなかったのは私だけだって……」
「そりゃ……」
私だけ鈍感だったのがよーく分かりました!
「ねぇ、殿下はどうして、私なんかを好きなんだと思う……?」
「おい待て。その辺は俺が聞いたらいけないやつだろ」
「お嬢さまは素敵です!」
「ル、ルル……?」
困ってたように笑っていたルルが、急に叫ぶように言ったので、ロイはぎょっと目を見開いた。
「お嬢さまがいなければ、私はこんな風に、平穏な暮らしが出来ていたか分かりません!お嬢さまは素晴らしい方です!王子さまが好きになるのも、当然のことです!」
「おい、ルル」
「ルル……」
「ロイだってこんな素敵なお嬢さまがお嫁さんになってくれたら、すごくいいでしょ?」
「おい!そのフリは怖すぎるからやめろ!」
「そうなの?ロイ」
「やめろっての!」
「とにかく!」
ルルは私の両手を引っ掴むと、真剣な目で私を見つめる。
「分からないのなら、聞いたらいいんです!お嬢さまを好きになった方ですもの。おかしなことで機嫌を損ねたり、怒ったりはしないと思います!」
え?聞くって……皇太子に「なんで私を好きになったんですか」っていうの、を?




