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6





静かだ。

ベンチの上、ぼんやりと座りながら、私はひとり、頭の遠くでそう思った。

時刻的には夕方に近いとはいえ、辺りはまだ明るい。

いつもなら、人の気配がそこかしこにあるはずの学園内は、生徒がいないので依然として静まり返っていた。そのせいで、すっきりとした頭の中では、エミリちゃんの言葉がぐるぐると回っている。


──皇太子殿下のこと、どうするの?


どうするって言われても……。

その言葉すら出てこなかった。

そこから、自分で作り出した沈黙に耐え切れなくなり、生徒会室を抜け出してきたのである。


「……」


確かに、文化祭前に自分で皇太子と向き合うと言ったとはいえ、その間にも色々なことが起こり過ぎている。はっきり言えば、いっぱいいっぱい過ぎてそれどころじゃない、というのが現状である。


(というか、一番の問題って結局、私に恋愛耐性的な色々が全くないことなのよね……)


本音を言うなら、このうやむやな感じのままでいたい。でも、きっと、そんな訳にはいかないのだ。


「リーリア?」


びくり、と肩が跳ねる。

声の主が、まさに今、頭の中に居座っていた人だったからだ。


「殿下……」


どうしてこう、タイミングがいいというか、悪いというか……。こういうところは本当に、乙女ゲームを感じてしまうところである。


「……」

「……」


でもやっぱりどう見ても、相手は普通に生きている男の人だ。そして、私だって普通に生きているただの小娘だ。ゲームのように便利なステータスバーなんぞが出てくるわけでもなければ、超人的な力が備わっているわけでもない。

そんなことは、分かっている。


なにを言ったらいいのか、言葉が出ないままでいると、しばらくの沈黙のあと、皇太子はおもむろに私が座っているベンチの端に腰掛けた。


(……なんかこの感じ、会って間もない頃とおんなじかも……)


そう。礼をとってそそくさと逃げたかったのに、言外で隣に座れと言われて渋々隣に座ったあの日。

思えばあれから、随分と年月が経ったものだ。


「リーリアは……」

「え……?」

「……第四庭園の幽霊の噂を知っている?」

「え、と、いえ……」


素直に首を横に振る。幽霊話は大嫌いなのだ。知っているわけもない。

というか、いきなりなんの話なんだろうか。


「……」


――その昔、この学園が皇宮だった頃。一人の令嬢が、婚約者だった愛する王子から婚約破棄を告げられた。

王子は心変わりしてしまったのだ。ずっと一緒にいた令嬢ではなく、可愛らしい下級貴族の令嬢の虜になってしまった。

令嬢は嘆いた。小さい頃から一緒にいた自分よりも、そんなみすぼらしい令嬢の方がよいのかと。

王子は言う。

「愛があるなら、そんなもの関係ない」と。


「令嬢は怒り狂った。王子と自分の間には、愛はなかったのか、と」

「……」

「そしてそのまま、王子と相手の令嬢を殺してしまった」


(う、わー……途中まで乙女ゲームとかにありがちな流れかと思ったのに、そこまでくるともはや昼ドラ……)


「それから、第四庭園には怒り狂った令嬢が、幽霊になっても王子と相手の令嬢を探している、とか、相手の令嬢が王子を探して彷徨い歩いているなんて噂が広がったんだ……今はもう、事件を覚えている人がいないから、ただの怪談になっているけど……」

「……」

「……王家にとっては、大醜聞だ」


それはそうだろう。痴情の縺れで三人も亡くなるわけだから。平民や関係ない人からしてみれば、偉い人たちがなにしてんだよ、みたいな感じにもなるというものだ。


「それからだよ」

「え?」

「正妃は、王にとって一生を添い遂げられる相手じゃないといけない、となったのは」


あれだ。セルシア様が言ってた「自分で決めた相手なら蔑ろにはしないから、伴侶は皇太子自身が決める」という、あれ。

なるほど。そういう経緯があったのなら、この決まりにも納得である。


「でも……」

「……?」

「……本来なら、皇太子の婚約者は幼いうちから決まっていないといけないんだ。年頃になると、令嬢やその親がなんとしてもその地位をと、躍起になってしまうからね……本当は、そういうのを防ぐために、そう、決まっていたんだ……」

「……」

「だから……」


ここにきて言い淀む殿下に、思い出すのは皇宮で遭遇してしまった、公爵令嬢と隣国の王女との恐ろしい応酬。それから、実はもっと恐ろしかったアンリエッタ・ソフィレの、全然毒もなかった笑顔だ。


「……殿下」

「……」

「……今回のことは、殿下のせいではありませんわ」


ピクリ、と僅かに皇太子の肩が跳ねた気がした。


「悪いのは、どう考えてもソフィレ嬢です。そして、どういう理由であれ、それに加担してしまった方たちです」

「……」

「そりゃあ、スティアラ王女様は色々おっしゃっていましたけど……」

「リーリア、ありがとう」

「……殿下」

「でもね、やっぱりスティアラ王女の言ってることは正しいんだ。すべては、彼女たちへ曖昧な態度をとり続けてきた、僕の責任なんだよ」

「……」

「でも……それでも僕は、自分の意志を曲げられない……本当、どうしようもないよ……」


ぎくり、と身が強張った。

皇太子の視線が、こちらを向いて止まったからだ。

なにか、自分にとってとても不都合なことが起きる気がする。なんとかして止めなければ、と、思ってしまう。

なのに、どうしても、止める言葉も何も、出てこないままで。

視線さえも、皇太子に捕まったまま。


「リーリア。ねぇ……僕は君が好きだよ」


(ああ――、)


これでもう、曖昧なままにはしておけなくなってしまった。







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