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「まぁ……アンリエッタって令嬢ほどじゃなかったみたいだけど」
昨日──つまり、文化祭の一連については、すべてがリディガー様たちにとって想定外のものだったらしい。
せっかく造り上げた生物兵器の制御がうまく出来なかったからだ。
ただ、アンリエッタはこれをうまく利用しようと考えた。
『……混乱に乗じて、邪魔者を全員、うまく排除するのよ』
思わず血の気が引いた。
だってつまり、あの生物に追いかけられた私、エミリちゃん、侍女二人は、完全にアンリエッタ・ソフィレにとっての、排除すべき邪魔者だったということだ。
「……」
どうしてと声が出そうになって、すぐに口をつぐむ。
口封じだろう侍女二人はともかく、どちらかといえば平民寄りらしい男爵令嬢のエミリちゃんや、しがない伯爵令嬢の私がどうして邪魔者認定されたのか。
ロイや隣国の王女の今までの言葉を考えれば、すぐに答えが出た。
『……皇太子殿下は押し倒されてるわで』
『お嬢さん方、もっと謝ってもらいなさいな。今回の騒動の原因は、元を正せば、このお方なんだから』
つまり、アンリエッタ・ソフィレは、皇太子を狙っていたのだ。
「……アンリエッタ・ソフィレって悪役令嬢だったっけ?」
「うーん……私の記憶では悪役令嬢は公爵令嬢だったはずだけど……」
エミリちゃんも難しい顔をしていたので小さな声で言うと、エミリちゃんの表情はますます歪んだ。
「というか、生物兵器使って排除しにかかるのが乙女ゲームの公式設定なら、どんだけバイオレンスなのよ」
それはそうだ。
隣国の王女は、私たちがぼそぼそと話をしているのを気にすることもなく、話を続ける。
「……エレンデールっていう、人間は匂いを感じない花があるんだけど、うちの侍女たちとあなたたちはその花の匂いをつけられてたみたいよ。あれ、獣たちの大好物らしいから。うっかり食べられなくて本当によかったわね」
全然笑えない。
隣国の王女が助けてくれなかったら、遅かれ早かれそうなっていた可能性が高いことを思えば特に。
「……多分、肝試しのときに目をつけられたんだろうなぁ。あんた皇太子にものすごく心配されてたし」
「……エミリちゃんも、殿下にくっついてたもんね」
すごい親切そうに声をかけてくれた裏で、とんでもないことを考えていてくれたものだ。
そんなことを微塵も感じさせずに、すごい話しかけてくれていたのに。なんなら、無理矢理引っ張られて参加したお茶会でも、笑いかけてくれていたというのに。
(というか、多分、あのお茶会の時だわ。匂いをつけられたの)
こうして同じように、皇太子へ近付く他の生徒たちはアンリエッタ・ソフィレに目をつけられ、次々と排除されていったのだろうか。
隣国へ、奴隷として。
「……スティアラ王女殿下、あの、」
「なぁに?」
「その、スティアラ国へ連れていかれた生徒たちは、無事なんでしょうか?」
私が聞くことじゃないとは分かっているけど、気になるものは仕方がない。
恐る恐るといった体で聞くと、隣国の王女は、なぜかにやり、と笑った。
「ああ、それは大丈夫。ちゃんとこちらで保護しているわ。今頃は、皇太子殿下からのこの学園での行方不明者の情報と照らし合わせて、確認が行われてるんじゃないかしら。まぁ、一週間以内には、全員が自分の家へ帰れるでしょう」
「……そうですか!」
素直によかった、と思った。
行方不明者は私にとっては、全然関係ない人たちではあるけれど、同じ学園に通っている、同じ歳くらいの子息令嬢なのだ。他人事ではなかった分、気にかかるというものだろう。
それに、アンリエッタ・ソフィレや、なによりリディガー様の罪状にも関わってくるのもあるわけだし。
なんてことを、思っていると、
「……自分も大変な目に遭って、聞くことがそれなの?」
「え?」
にやにやと口元に笑みをのせたまま、隣国の王女が私を見てそんなことを言う。
「あの……?」
「昨日、あの生き物に向かっていった度胸もたいしたものたど思ったけど。自分より、誰かのことを考えられる優しさもたいしたものねぇ」
「え、いや、そんな大層なものじゃ……王女殿下に助けていただいてますし」
向かっていったもなにも、実際昨日のはただの捨て身の囮作戦だし、行方不明の生徒たちのことも、優しさというか、本当に気になったから聞いただけである。
ほら、捨て身の囮作戦に関しては思うところしかない兄とエミリちゃんが、なんとも言えない顔してる。
「皇太子殿下」
「……」
と、ここで何故か皇太子が呼ばれた。皇太子は難しい顔をして、返事もしない。
隣国の王女は、そんな皇太子を気にすることなく、私の腕を掴んだかと思えば、笑顔で言葉を続けた。
「このご令嬢を、シーちゃんのお嫁さんにください」
「……ごほっ!!」
兄がむせた。
私は、はしたなくも口をぽかんと開けているしか出来ない。
なんて?
「……誰が誰を、なににくださいって?」
エミリちゃんが、思わずといったように声に出した。
うん、それ!それよね!
隣国の王女はキラキラした顔で、私の腕を掴んだまま、皇太子に対面している。
いや、この場合、その台詞は兄に向かっているべきじゃない?いや、兄でもおかしいけど。
「……」
皇太子は難しい顔のまま隣国の王女を睨んでいたけど、しばらくして、頭が痛そうに額を押さえた。
「スティアラ王女……とりあえず、リーリアの腕を離してくれないか。彼女が混乱している」
「あら、そう?」
いや、私だけじゃなく、周りも混乱しかしてませんけど!
なんとも呑気に見える隣国の王女は、私の腕を大人しく離して、やっぱり笑顔を向けて言う。
「リーリア・エルディ嬢。スティアラへお嫁に来なさいな」
いや、だから、待って?




