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私が言えたことじゃないとは思うけど、ロイも随分と女心が分からない鈍感野郎である。
先程からちらちらこっちを窺っているロイは、本当にセルシア様の気を損ねてしまったと思っているようで、かなり不安そうな表情をこちらに向けていた。
(ロイって一応、ゲームの中の攻略対象だったもんね……)
そりゃ、歯の浮く台詞も素で出てくるというものだろう。本人には全くその気がなかったとしても。
「すみません、うちの兄が恥ずかしい奴で」
「……お嬢様。話は分かりませんが、流石に聞き捨てならないんですけど」
「あら、ロイドお兄さまが、セルシア様の気を損ねたって話でしょ?」
「……」
ロイがすん、と表情を消す。
そんな風に私が話をするとは思わなかったのか、セルシア様が、慌てて私の腕にしがみついた。
「り、リーリアお姉さまっ、」
「セルシア様。あのですね、なんにせよ、ロイドお兄さまのなにやこれが原因なわけですから。容赦や情けなどいりませんわ」
「~っ、」
「……ですのでもし、お話ししたいことがおありでしたら、遠慮なさらず、お兄さまへ、セルシア様から、お声かけ下さいませ」
「……」
セルシア様が本当に恥ずかしがっているというのは、表情を見れば分かる。
だが、だからといってセルシア様がいつまでも顔を背けたままだと、鈍感野郎はいつまでも勘違いをしたままになってしまうだろうから。
力業でも、セルシア様から話しかけてもらわなければ。
「……ロイド」
「はい」
「別に、気を損ねてなんかいないの。へんな態度をとってごめんなさい」
「いえ!」
「あの……ここまで背負ってくれて、ありがとう」
「……いえ」
ロイったら、いえ、しか言ってないんだけど。改まった感じになったから、なんとなく緊張してるのかしら。
変な空気は、すぐに皇太子が咳払いで追い払った。
「……話が終わったなら、とりあえず、ここから移動しようか」
そうでした!
私たちは、リディガー様が消えた方へ歩いていた。
単独行動をするより複数で行動した方がいいだろうし、もうすぐ助けがくるはずだということもあるからだ。というか、リディガー様がなんでここにいたのかすら聞けてなかったわけだし。
やっぱり、私たちのように落ちてきたんだろうか。
(あれ……?そういえば、リディガー様って第四庭園にいたっけ?)
まぁ、兄たちは生徒会室から逃げて第四庭園にいたみたいな感じだったし、リディガー様もいたのかもしれない。
もしくは、リディガー様は別行動をしていて、第四庭園とは別の穴から落ちてしまったとか。
それなら他にもここへ落ちてきた人がいるかもしれない。ちゃんと話を聞かなければ。
すごいスピードで走っていって、すぐに見えなくなったから、結構歩くのかもと思ったけど、リディガー様は案外すぐに見つかった。
一瞬、一人に見えたリディガー様のすぐ後ろにいたのは、見覚えのある顔ばかり。私はすぐさま記憶を探る。
(……ああ!)
リディガー様の後ろにいたのは、女子生徒三人だ。
そのうち二人は、隣国の王女の侍女たち──私に、この方をどなたと心得ます!みたいな感じで怒って、隣国の王女をしっかり紹介してくれた──で、もう一人は、肝試しで心強かった、儚げ美少女──ただし、言動が男前──の、確か……アンリエッタ・ソフィレ様である。
「……エル……っ」
「まあ!皇太子殿下!皇女殿下!両殿下へご挨拶申し上げます」
リディガー様は、多分私を呼ぼうとしてたっぽいけど、すぐさまソフィレ様に遮られてた。
ソフィレ様は、構うことなく──もしくは気付いてないのか──皇太子たちへ礼をとる。
後ろの侍女たちもそれに倣った。
(……こんな状況下でも、皇族への礼って最優先事項なのね。まぁ、貴族令嬢なら、なおさらか……)
「……楽にして。君たちも、ここに落ちてしまったの?」
「……気付いたらここにおりました。ですよね?リディガー卿」
「……ええ」
「ああ……マルク。さっきは引き上げてくれてありがとう。助かったよ」
「……いえ」
「……?」
なんか、リディガー様の雰囲気がいつもと全然違うような……。
まぁ、私が見たことのあるリディガー様っていつも、ちょっと変……?みたいな感じだったり、兄に怒ってたりだったし、リディガー様の普段の感じを知らないので、いつもと変わらないと言われたら、そうなんだと納得するしかないのだけども。
「皇太子殿下、皇女殿下。先程おかしな生き物を見たのですけど、そちらは大丈夫でしたでしょうか?」
「いや、僕たちも見たよ。時折声が聞こえるから、向こうにいることは間違いなさそうだ」
「まあ……でしたらみなさん、急いでここを、脱出しましょう」
「脱出?」
「はい。私、この通路に入ったことがあるんですけど、そのとき、偶然上へ抜ける道を見つけたんです。もちろん、殿下方を探して、上から捜索隊が来ているかもしれませんが……。あのおかしな生き物がいる以上、危険なので、皇女殿下やエルディ嬢やこちらのスティアラ王女様の侍女方は、先に上へ避難した方がいいのではないですか?」
「それは、そうだけど……というか、君はどうして、この通路に?」
「あっ、私、学園を探索する趣味があるんです。そのとき、たまたま……」
ここでロイがそっと私を見た。
どうせ、私みたいに学園を探索したいなんて変わったご令嬢が他にいたなんて……とかなんとか思ってるんだろう。私も思ったので。
「……じゃあ、その抜け道を案内してくれる?」
皇太子は少し悩んだようだけど、それが最善だと思ったようだ。
だが、ソフィレ様は、困ったように眉を下げた。
「あっ、あの、その抜け道なんですが、少し小さくなっているところがあるんです。私がギリギリ入れるような……ですから、殿下や、エルディ卿は、通れないかと……」
「……つまり、僕たち以外で、その抜け道を使って脱出するということ?でも今、別れての別行動はかえって危険だよ。特に、女子生徒だけでは……」
「ですが、ここにいてはもっと危険ですわ。それに、リディガー卿は通れると思うので、大丈夫です」
「……」
また、皇太子は考える姿勢をとったけど、そこでちょうど向こうの方からあの生物の鳴き声が聞こえてきたので、急いで脱出すべきだと思ったらしい。
私とセルシア様、王女の侍女二人にリディガー様で、その抜け道に向かうことになった。
「……君は?」
「私は、正規の入り口の場所を知っていますので、殿下方をご案内しますわ。途中で捜索隊もいるかもしれませんので、そのときは合流しましょう」
「……」
急を要するのは分かってはいるものの、口を挟む暇もないままだった。
不安そうなセルシア様の手をぎゅ、と握る。
「……大丈夫ですわ。狭い抜け道ですもの。あの生き物も、追ってはこれません」
ソフィレ様が言った。成る程、そう考えると、安心かもしれない。
「……セルシア、リーリア、みんな……気をつけて」
「お兄さまも、気をつけてね。ロイドも……」
セルシア様の言葉に、ロイが小さく礼を返した。私も、皇太子へ向けて、一つ礼をする。セルシア様はお任せください!の意も込めて。
ロイから若干「お前は張り切りすぎるなよ……」みたいな呆れたような顔も向けられたが、すぱっと無視を決め込んだ私は、セルシア様の手を引いて「こちらです……」と案内し始めたリディガー様の後を追った。




