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あまりにも急だったので、口をかぱりと開けたそのまま、リディガー様の背中を見送ってしまった。
(え……っ、なんで?)
生き物の鳴き声らしいものに驚いたんだろうか?それだったら、一人で行動するなんて危険過ぎるのに。それに、私たちみたいに上から落ちてきたんなら、なおさら一緒に行動したほうがいいと思うんだけど。
「リーリア?どうしたの?」
「え、いや、あの……リディガー様が、何かに驚かれたのか、一人向こうへ走っていってしまったのです」
これには皇太子も怪訝な顔をした。
ですよね!
「……向こうになにかあるのかもしれないな。セルシア達を見つけたら、行ってみよう」
特に反論もないので頷く。
助けがくるのを待つ方がいいんだろうが、なにせ、変な生き物がまたいつ現れるか分からない。ここに留まっているのはむしろ危険だろう。
「行こう」
自然に手が差し出された。別に断る理由はないので、大人しく手を重ね ると、ぐっ、と力強く引かれる。
「……」
「……」
あら?なんとなく気まずい?
おかしな沈黙が二人の間に落ちて、なんだかそわそわした。
冷静になってくると、先程までの皇太子とのやり取りが思い返されて、頭を抱えたくなるのだ。気がたかぶっていたとはいえ、なんか、すごいことを言ったし、言われたような……。
(……リーリア、意識したらだめよ!)
依然、危機的な状況である。今は色々と、反芻するべきではない。
「いいから、さっさとしてちょうだい!」
「「……!」」
と、突然声が聞こえて、何故かお互い手を離してしまった。別にエスコートみたいなもんなんだから、やましくもなんともないはずなのに。
だが、特に指摘する人もいないので、変な感じになって、私はちょっと目を反らし、皇太子はわざとらしく咳払いをした。
声の主たちは、それどころではないようだったけど。
「……!セルシア様!」
声の主は、セルシア様だった。ロイに背負われて、こちらの方に向かって来ているのだが、なにやら──揉めている。
「……」
「……なんか、揉めて、ます……?」
「……そうみたいだね」
揉めている、というか、セルシア様が一方的にきゃんきゃん言っているというか……。いや、ものすごく可愛らしいんだけど。
状況が分からなくて、皇太子と二人、セルシア様たちを見つめていると、やっとこちらの存在に気付いたのか、セルシア様がロイの肩に手をかけて伸び上がった。
「リーリアお姉さま!お兄さま!」
「うわ、ちょ、皇女殿下、危ないですから!」
「ロイド!早くしてちょうだい!」
「分かりましたから!ちゃんと掴まってて下さいって!」
「……」
「……」
えーと、
なんかずいぶんと、仲良しじゃない……?
ロイはしっかり私たちの傍まで来てから、セルシア様を降ろした。
セルシア様は、地に足をつけるなり、そそくさと私に駆け寄ってくる。
「セルシア様!」
「お姉さま!」
「どこか痛いところはありませんか?お怪我は?」
「大丈夫よ!お姉さま達も大丈夫?」
「……はい!」
皇太子は足と手を痛めているっぽいけど、愛しい妹の前でわざわざバラすこともないだろう。
私も少しばかり腕が痛むが、これを言うのは、先程のやり取りをまるっと話さなければいけなくなるので、避けたほうがいいと思った。今の状況下では、あまりセルシア様に心労をかけたくない。
まぁ、なんにせよ、先程まで気を失っていたセルシア様が元気そうでなによりだった。
「あの生き物に追われていたのか?」
皇太子がロイに問う。
そうだ。皇太子が私を庇って穴に落ちる前まで、あの変な生き物に追われていたんだった。皇太子が穴から引き上げられた時点で、生き物に加え、ロイたちもいなくなっていたわけだから、そう考えるのも妥当だろう。
「はい。ですが、途中で岩影に隠れてやり過ごしたところ、すぐにいなくなりました」
「そうか、妹は怪我もなく無事なようだ。守ってくれたんだよね?ありがとう」
「いえ……ただ、その……少々、気を損ねてしまったようで……」
ロイは顔色を窺うように、セルシア様に視線を向けた。対するセルシア様は、ぷいっ、と子どものように顔を背ける。なるほど、気を損ねているのは本当らしい。
「セルシア、」
咎めるように、皇太子がセルシア様を呼ぶ。それでも、セルシア様は顔を背けたままだった。
「……」
でも、近くにいる私には、セルシア様が真っ赤になっているのが見えたので、皇太子がこれ以上言い連ねないように制して、セルシア様の手を引いた。男性陣に背を向けて、少しだけ声をひそめる。
「セルシア様?うちの兄がなにか気に障ることをしたんですか?」
「……お姉さま」
「はい」
「ロイドは女ったらしだわ!」
「……はい?」
「可愛らしいだの、綺麗だの、つらつらと出てくるんだもの!」
「……」
「さっきだって、私、歩けるのに、足元が悪いからって、背負ってくれて」
(えー……と、)
「薄暗いし、急にこんなところで目が覚めて、よく分からなくて、本当は怖かったんだけど、お兄さまもリーリアお姉さまもいないくて、自分だけでは心細いだろうけど、すぐに見つかるから安心してくださいとか、ずっと話しかけてくれて、」
「……」
「……つ、つまりね、リーリアお姉さま。別に怒ってるわけじゃなくて……は、恥ずかしいのよ……」
でしょうね!




