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「はぁ、はあ……っ、」


救世主、リディガー様に引き上げられて、皇太子は穴からやっと這い出てこられた。

私は皇太子の足が地面につくのを見届けつつ、痺れる両腕をくたりと垂らして、上がる息を必死に整える。


(も、もう、絶対、落ちると思った……っ)


「はぁっ、はぁ……っ、」


息が、上がる。


「え、エルディ嬢……?」


もう限界だった。


「っ、ぅ、」


ぼろぼろと涙が溢れる。嗚咽は堪えるけど、本当は、声を出して泣いてしまいたいくらいだった。


「っ、リーリア、大丈……、」


私の異変に気付いたのか、駆け寄って来てくれた皇太子をきっ、と睨む。だめだ、相手は皇太子、こうた……いや、そんなの関係ある?


「信じられません!ま、まさか、手を離そうとするなんて……!」

「っ、」


両腕は未だに痺れている。非力な腕は、皇太子という完成しきっていないとはいえ、長身の、男の身体を支えるには役不足だった。なんとか掴んだままでいれていたことが、奇跡ぐらいのことだったのに。


「り、リディガーさまが、来てくれなかったら、て、てを、はなしていたかも、しれませんっ!」

「……」

「あんな、あなに、おちて!無事ですむとは、おもえません!なのに、」


だめだ、と思う。

皇太子はリディガー様が来てくれる頃には穴の淵に手を掛けて、少しでも落ちないようにしてくれていた。

それに、手を離そうとしたのも、私が一緒に落ちないようにとしてくれていたから。

そんなのは、分かっている。分かっているけど。


「……手……それに、足、どうか、されたんじゃ、ないですか」

「……」

「さ、最初に、ここに落ちたとき、殿下は、やっぱり、怪我、されたんじゃないですか?」


怪我はないですか、と聞かれて大丈夫、と答えた皇太子。怪我はないとは言わなかったから、本当に大丈夫なのか疑ってたけど、やっぱり。


沈黙は肯定したのと、同義だ。


おかしいと思った。皇太子は小さい頃から鍛えているらしいのに、こんな穴から自力で這い出てこれないなんて。

手や足に怪我を負っていて、それのせいで自力では出てこれなかったとしたら、説明はつくんじゃないのか。


「私を庇って、こんな……っ!こんな怪我されて!しかもその上、私を庇って、落ちそうになって!も、もう少し遅かったら、どうなってたことか……!」

「……」

「私も、考えなしで、馬鹿者と言われますけど!殿下だって、頑固者の、あんぽんたんですわ!」

「……?あ……?」

「み、身をていして庇われても、全然っ、嬉しくありません……っ」

「っ……、そんなことを言ったら、君だって大概だ」


ずっと黙ったままの皇太子が、ここで小さく呟いた。

喚く間、俯いていた顔を上げると、皇太子は私の顔を覗き込んだ体勢で顔を歪める。


「……君の行動だって、誉められたものじゃない。いくら僕を助けるためとはいえ、僕よりも小さいその身体で、僕を引っ張り上げようなんて無謀だった。現に、今、腕、両方とも痛いんだろう?」

「……」

「あのままだと、君まで落ちていた。そんなのは、耐えきれないと言ったよね?」

「っ、そんな、の、」

「確かに怪我をしていて自力では上がれなかったけど、僕は男だ。君はあのまま落ちていたら、大丈夫じゃないと言ったけど。もし、落ちていても、本当にどうにかなったかもしれない。絶対、君が落ちるよりましだ」

「っ、な……!」

「君はいつだって無茶をする。おかしなことに巻き込まれて。その脚だって……」

「お兄さまにも言ってますけど、好きで巻き込まれてません!」

「それでも、最終的に危険なことになるのは、君が全部、一人でやろうとするからじゃないのか」

「っ、」

「アーデム嬢が拐われたあの時だって、君は、上着なんかを投げつけてまで、僕から逃げた」

「っ、それはだって!一人で行かなければ、エミリの命が危険でした!」

「分かってる!でも、君は怪我をしただろう」

「……っ、」

「……一番、身を呈して誰かを庇っているのは、君じゃないか」

「うっ。いや、それは、そう、ですけど……でも、私なりに色々考えてます!ちょっと怪我したり、ちょっと、あ、これ死ぬんじゃないかな?ってなることは、まぁ、ありましたけど……」

「はぁ?!」

「いや、あの、私の考えでは、いつだって、うまくいく予定なんですよ?だから、行動するんですけど、いやまぁ、最終的に、危なくなるのは……そうなんですけど、でも、」


確かに、言われてみれば色々その通りだったので、最後はもごもごと言葉を濁らせるしかなかった。

皇太子は溜め息をつく。

う。そんなあからさまに呆れなくてもいいのに。

でも、皇太子は一転、声をあげて笑い始めた。


「……?」

「くくっ、はぁ、」

「で、殿下……?」

「ごめん……こんな風に言い合ったのは、初めてで……」

「……」


それは、そうだろう。

そもそも皇太子相手に意見なんて、出来る人自体がいないのだ。


「……でも、うん。流石に、さっきのは僕が悪かったよね。折角助けてくれようとしたのに、無下にしようとした。さっき言ったように、大丈夫だったかもしれないけど。当然、大丈夫じゃない場合もあるからね……そうなったとき、優しい君が気に病むのは分かりきっていたのに、意地を張った」

「……」

「ごめん」

「……私こそ、その、言い過ぎました。申し訳ありません」


皇太子は最初からずっと、私を庇ってくれていただけだ。なのに、こんなことになって、パニックになったからって、庇われても嬉しくないなんて言って。助けてもらっておいて、なんて言い草だ、と自分でも思う。


「助けてくださり、ありがとうございました……」

「……うん」


ふいに、皇太子が私の両手を掴んで口付けする。驚きすぎて一瞬息が止まった。


「こちらこそ、ありがとう。助けてくれて」

「っ、いや、あの、殿下。結局、私だけじゃ、むりでしたし……というか、殿下、手を……」

「……僕は、君が大事だ」

「……っ、」

「君をただ、守りたいだけなんだよ」

「……」

「覚えておいて」


(……~~!この、美形め!)


美しいそのお顔は、ほころぶように緩んだ。砂とかで薄汚れているくせに、眩しいったら。


「泣かせてしまったのも、ごめんね」


極めつけのように、いつの間にか涙は引っ込んでいたのに、まるで愛しいもののように、皇太子は私の頬を汚れていない袖口でぬぐう。

そりゃ、皇太子のせいで泣いたも同然なんだけど、なんなんだろう、この途轍もない恥ずかしさは!

ぼっ、と顔に火がついたみたいに熱い。多分、今、私は真っ赤になっていることだろう。

だって、こんなシチュエーションで、びっくりするくらい美しい顔の人が、格好いい台詞吐いてるんだから仕方ないではないか。

逆に腹が立つくらいだ。


「───!」


そのとき、遠くの方で鳴き声のようなものが聞こえた。

はっとして顔を上げる。そういえばセルシア様とロイはどうしたんだろう。あの変な生き物だって。

皇太子を見れば、私と同じことを思い出したのか、辺りを見回していた。


「殿下……」

「あの生き物自体は、遠いみたいだけど……セルシア達が近くにいないみたいだ。ちょっと見に行こう。脚は大丈夫?」

「私は大丈夫です。あの、殿下は……」

「僕も大丈夫。ちょっと痛めてるだけだから。これくらいなら問題なく歩けるよ。行こうか」

「はい」


(あ)


そしてそこで、私はようやくリディガー様のことを思い出した。一緒に皇太子を助けてくれたのに、皇太子との言い合いがヒートアップしすぎて、すっかり忘れていた。


「えと、リディガー様、すみません、」

「……」

「リディガー様?」


よく見るとリディガー様は震えていた。青くなった顔色のまま、私の顔を恐る恐るといったように見てくる。


「……?あの?」

「まさか、」

「え?」


最後の方がよく聞き取れなくて、聞き直したけど、リディガー様は教えてくれるどころか、すくっと立ち上がると、そのまま走ってどこかへ消えてしまった。


「リディガー様?!」


一体なんなの?






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