13歳、そんなことってありますか?!
はい。こちら、現場のリーリアです。私は先程、地下の隠し通路に落ちてきたところなんですが……ご覧ください。たった今、正体不明の謎の生き物が出てきました。
目線の高さは、私が見上げるほど。体は鱗に覆われ、翼をもち、ライオンのような頭をしています。そして、先程から聞いたことがない声が……恐らく、鳴き声でしょうか。先程から不気味に響いています。
えー、現在は、警戒しているのか、こちらを窺っているようですが、いつ襲いかかってきてもおかしくない状況ではありますので、こちらも引き続き、警戒を強めたいと思います。現場からは以上でした。
「……」
動揺して、頭の中が一瞬、ニュース中継みたいになった。
頭の中を整理している風でもあるけど、一種の現実逃避には違いないだろう。
だって、いくらファンタジーでゲームの中とはいえ、魔法もないこの世界に、こんな生き物が出てくるなんて思わないじゃないか。混乱もするというものだ。
「……あれは、何なんでしょうか?」
小さな声でロイが呟く。ロイも動揺しているんだろう。かすれた声だった。
「……分からない。あんなのは、見たことも聞いたこともないんだけどな」
「……」
皇太子がこう言うのなら、この世界には私が知らないだけで、実は、とある場所には魔物が生息しているという設定がある、とかではないだろう。
皇太子は、生き物に視線をやったままで「静かに。出来るね?」と私の耳元で囁いた。こくこく頷くと、口を塞いでいた手が離れる。
「リーリア、僕の後ろにいて。ロイド、またセルシアをお願い出来るかな?」
「はっ」
ロイは言われるまでもなくといったように返事をして、セルシア様を背中に乗せた。私は声が出なくてまたこくこく頷くだけだ。
「……せめて帯刀していればな……」
皇太子が呻くように言う。いやいや、そもそもあんなのと剣で闘うとか出来るの?
まぁ、この世界には狩猟大会とかもあって、熊とか狐とか剣で狩るっぽいけど。そんなのとはレベルが違うのに。
むしろ剣がなくてよかったと思ってしまった。絶対絶命ではあるけども。
「ひとまずあれと距離を取ろう。あれがどういうものか分からない以上、下手に刺激しないようゆっくり後ずさるんだ。背中を見せるのは危険だから」
「……」
確か、前世では熊遭遇のときにそんな感じで回避するとか聞いたことがある。あの生物に有効なのか分からないけど、今は皇太子の言う通りにするべきだろう。あれが様子を窺っている風だから特にだ。
「ゆっくり下がって……」
と、その時だった。
「───!!」
なんの前触れもなく、生き物が声をあげた。そのまま私を目掛け、勢いをつけて駆けてくる。
「!リーリア!」
「っ!!」
ぐっ、と腕を引かれてたたらを踏んだけど、そのおかげで間一髪というところで生き物の突進から逃れられた。生き物はそのまま、私のいた場所へ真っ直ぐ走ってきて、壁に衝突する。
「っ、走れ!」
皇太子の呼びかけで一斉に走り出した。生き物は壁にめり込んでいるので、その隙をついたのだ。
生き物は脇目もふらずこちらへ突進してきた。ということは恐らく、刺激しないように、なんて言っている場合ではないだろう。生き物が壁から抜け出した途端、こちらへ襲いかかってくるのは目に見えていた。
「っ!」
ぴり、と未だ完治したとは言えない脚にひきつれた痛みが走る。だけど、そんなことも言ってられない。
腕を引いてくれる皇太子は、そんな私の様子に気付いたのか、ぐっと私の腕を掴む力を強めて引いてくれた。ちょっと痛いけど、この緊急事態である状況下ではありがたい。
「っ、」
「痛いかもしれないけど、ごめん!今はとにかく走って、」
「────!!」
再び不気味な声が響いた。あの生き物が後ろからまた突進してくるんじゃないかと思って、びくりと肩が跳ねる。多分、そうして一瞬後ろを振り返ってしまったのも悪かった。
「っ!」
この隠し通路に落ちたときのような揺れ。それを感じた途端、私の足場が崩れた。
「え、」
「リーリア!」
浮遊感を感じる前に、どん、と突き飛ばされる。私は地面に尻餅をついた。
「殿下!」
皇太子は、そのまま落ちていこうとする。私は咄嗟に、離された皇太子の腕を両手で掴んだ。寝そべるようにした私の身体全部をつっかえにして、皇太子が落ちないように支える。
「ぅ、うう」
「り、リーリア」
「っ~~、」
両手でその身体を留めているだけで精一杯だ。とてもじゃないが、引っ張り上げられそうもない。役に立たない、非力な腕が今は憎らしかった。
(ろ、ロイ!)
声を出すと堪えきれなくなさそうで、 ロイを呼ぶことも出来ない。このままでは、皇太子を支えきれず一緒に落ちてしまいそうだ。
(……っ、どうしたら、)
「り、リーリア、手を離して。君まで落ちて、しまう……っ、」
「ぅぅ、う、」
「リーリア!大丈夫だから、手を……っ!」
「っ!」
「手を離すんだ!」
ふるふる。頭を横に振る。ここで皇太子が落ちていくのを、黙って見ている訳にはいかない。
「ぜ、たいに、はなし、ません、」
「っ、」
離したくなかった。穴の底は見えない。ここで離して、皇太子がどうなるのか、考えるだけで怖い。
「っ、でんか!」
私の意志は固いと分かったのだろう。皇太子は、掴まれてない方の手で、あろうことか私の手を離そうとする。
「いやっ!」
「ごめん。君まで、落ちるのは、僕が耐えきれない、から」
「殿下!」
「?!」
ずる、と私の身体が引きずられる。皇太子は、ことさら必死に私の手を外そうとした。
「殿下っ!」
「っ、大丈夫、なんとかなるから」
「なんともなりません!殿下は見えないかもしれませんけど、下、ものすごく深いんですよ!どうなるか、分かりません!」
「だったら、」
「だから!黙って、手を貸して、ください!私の力じゃ、上げられません!」
「り、リーリア……」
「は、やく!」
「っ、」
私がどうあっても手を離さないと悟ったらしい。皇太子は私が掴んでいるのと違う手を、穴の淵にかけた。でも、ここからどうしても、上に持ち上げることが出来ない。皇太子も、足場がないからか、這い上がるのは難しいみたいだ。
(っ、どうしたら……っ!このままじゃ本当に、二人して落ちちゃう……!)
しかも、あの生き物がどうなっているか全く分からない。こんな状況で襲われたら、まずいのに。
(ロイ、お兄さま……っ、誰か……!)
そのとき突然、皇太子を引っ張る腕が、軽くなった。
(……?!)
「大丈夫ですか?!」
(救世主……っ!)
私の背後から皇太子の腕を掴んだのは、思っていたロイでも兄でもなく、落としたのか、少しだけひび割れている眼鏡をかけた、マルク・リディガー。兄に苦労をかけられている、私にとっては、ちょっとだけ変な人で、攻略対象の一人である、その人だった。




