主人公、いんいん
「……ム嬢。アーデム嬢!」
「?!」
近くで呼びかけられて、エミリははっと気付いた。完全に思考が止まっていたらしい。
目の前で、リーリアの兄であるアヴェルが、焦ったように再度、エミリへ呼びかける。
「アーデム嬢。大丈夫か?」
「は、はい。私は、なんとも……」
ただ、驚いただけだ。
それはそうだろう。急に揺れを感じたかと思えば、そこにいたはずのリーリアとジルディオ、ロイ、皇女が、突然地面へ吸い込まれるように落ちていったのだから。
「大丈夫なら、ひとまずここから離れるぞ。なにが原因か分からない以上、ここも安全とは言えないからな」
「……」
エミリは地面に目を向けた。地面には、大きな亀裂が走っていて、それは地面の向こうにまで続いている。
この亀裂に、リーリアたち四人は落ちていったのだ。
「っ!」
「アーデム嬢?」
「す、すみません、なんだか、脚が、震えて……」
リーリアたちは、無事だろうか?そんなことがよぎってしまえば、尚更、脚の震えは止まらなくなった。
「……」
「すみません、もう少ししたらおさまると思うので、私のことはお気になさらず……」
「失礼、」
「っ、きゃ!」
気付けばエミリは、横抱きで抱き上げられていた。
「君になにかあれば、うちの妹がものすごくうるさいだろうからな。不可抗力ということで、無礼は大目にみてくれ」
「いえ、あの……ありがとう、ございます……」
「ああ」
人生で初めてのお姫さま抱っこだったので、エミリは内心悲鳴を上げていたが、すぐにそんなことは言って──いや、思っていられなくなった。
「か、かいちょおぉお!」
「カント!」
情けない声を上げて駆け寄ってきたのは、先程まで生徒会室で一緒だった役員の一人、カント・ヴェデスだ。
「な、なにがおこったんですかぁ!」
「知らん。急に地面が割れたんだ。いいか、すぐにマルクとヘンリ、アリエル、ジャンを集めて、被害を確認しろ。それから、ランディルがいたら、亀裂に生徒が近付かないよう、講堂へ誘導するように伝えろ」
「は、はいぃい!」
カントは返事もやっぱり情けない声色だったが、指示を受けて機敏に走り去っていった。
「おい!そこの初等科一年!向こうへ近付くなよ!そっちの三年もだ!状況が分からないなら、走り回るんじゃない!ゆっくり講堂へ向かえ!いいか、慌てるなよ!他の奴にも落ち着いて行動するよう伝えるんだ。いいな?」
アヴェルが指示をすると、された初等科一年と三年の生徒がぴたりと動きを止め、大きく頷いた。それから、アヴェルの指示通りに、ゆっくり講堂の方へ向かう。遠くで「落ち着いて!行こう!」という声も聞こえるから、そこも指示に従っているのだろう。
エミリが初等科の二人の小さくなる背中を目で追っていた間にも、アヴェルは生徒に次々と指示を出している。流石、生徒会長。ものすごい。
そうこうするうちに、アヴェルが高等科の方へ向かっているのに気付いた。と、同時に、向こうから教師が近付いてくる。
「アウクリア先生!」
(ん……?アウクリアって、どこかで聞いたような……)
エミリは一瞬そう思ったが、今は記憶を探ってる場合ではなかった。
「エルディ君!なにかあったみたいだけど、どうしたの?向こうから生徒が講堂へ向かってるようだけど」
「それが……いえ、ひとまず見てもらったほうが早いので、第四庭園へ一緒に来てください」
「……分かったわ。でもね、エルディ君」
「?」
「ひとまず、その子を降ろしたらどう?」
「……あ」
そう、エミリはアヴェルが鋭い指示を飛ばす中、ずっと横抱きで抱き上げられたままだったのである。
「すまない。すっかり忘れて、そのままこんなところまでつれ回してしまった。どうする?ここにいるか?それとも講堂までまた抱き上げて運ぼうか?」
「いえ!大丈夫です!もう歩けるみたいなので。それに、私もリーリアさんが心配なので、一緒に行きます!」
「えっ、リーリアがどうかしたの?」
「そうなんです!大変なんです!それに、皇太子殿下に皇女殿下も!」
「なんですって?!エルディ君!早く行くわよ!」
「え、あ、はい!」
エミリはアウクリア先生なる人の後に続いて走った。アウクリアからちょいちょい漏れでるおネエ言葉を、気にする余裕は、やっぱりなかった。
そこにいたのは、なぜか隣国の王女である。
「スティアラ王女」
アウクリアを初めとして、アヴェルが軽く礼をとる。エミリもそれに従った。
「どうしてこちらに?」
「……わたくしの侍女が二人、いなくなってしまったの」
「……!この亀裂に……?」
「分からないの。わたくしがお菓子を食べたいと言ったら、買ってきてくれると出ていったのだけど、一向に帰ってこなくて。探していたら、騒がしかったからここまで来たのだけど……」
「それでも、侍女のお二人は帰ってこないんですね?」
王女がこくりと頷く。侍女なら、こんな騒ぎになっていれば真っ先に王女の元へ戻ってきそうなものだけど、それがないということは、リーリアたちのように亀裂へ落ちてしまったという可能性があるということだろう。
「……成る程、」
アウクリアは、王女の言葉と先程のエミリの言葉、それから現状とを見て、粗方察したらしい。
亀裂を離れた場所から覗き込んで、口を開いた。
「恐らく、この下には隠し通路があるはず」
「隠し通路?」
「昔、ここが皇宮だったときの名残で、残っているんだ。今は使われていないはずだけど、何かがあって、その隠し通路に亀裂が入ってここまで広がってしまったんだろう。下へ落ちたなら、皆はそこにいるはず」
「と、なれば、その隠し通路とやらの入り口はどこかにあるのでは?」
「そうだ」
「……分かりました。カント!」
「は、はい!」
「被害の確認は出来たか?」
「はい!先程生徒のほとんどが、講堂へ集まったと確認出来ました!ですが、スティアラ王女様の言うように侍女の方お二人と、それ以外に、現状、姿が確認出来ない生徒がいます!」
「誰だ?」
「高等科一年の女生徒が一人、それから、マルクさんです!」
「マルクが?確かなのか?」
「はいぃ。アリエルさんもヘンリーさんも探しましたが、マルクさんはどこにもいなかったそうなんです!」
「……そうか」
まさか、こんなにいなくなっているとは思わなかった。入り口が分かるというからすぐに助けに行けそうだが、どんな状況か分からない。アヴェルの表情は固くなった。
「……カント、お前は講堂へ戻って、これ以上被害が出ないように生徒を抑えておいてくれ。ついでに、ヘンリーとランディルに、ここへ来るよう伝えてほしい」
「……はい!」
「アウクリア先生、あまり時間をあけるわけにはいきません。行きましょう」
「そうだな。私の方でも他に人を連れてくる。第一庭園で待っていてくれ」
「はい」
アヴェルはエミリへ視線を向けた。
「アーデム嬢、脚は大丈夫か?」
「はい」
「よかった。では、君も講堂へ向かってくれ。スティアラ王女様も、ご一緒にお願いします」
王女は大人しく頷いた。
アヴェルが再度、エミリに視線を戻す。
「……不肖の我が妹たちは、必ず連れて帰ってくる。心配だろうが、君は精々、帰ってきた妹を、お前は運がなさすぎだと、笑ってやってくれ」
そうだ。その通り。モブの分際で主人公より危険な目に遭いすぎなのだ。リーリアは。
エミリは大きく頷いた。




