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兄たちは第四庭園にいた。生徒会室へ寄ることもなく、真っ直ぐここまで来たことを考えると、皇太子はあらかじめ兄たちの居場所を確認していたらしい。用意周到なものである。
「お兄さま!」
「リーリア」
「ここにいたんですね。生徒会室にいると思っていたのに」
「あー、色々騒がしくてなぁ。ここまで出てきたんだ」
(なるほど……)
大方、一応人気らしい生徒会の面々と一緒に文化祭を楽しみたい令嬢やら、色んな店の営業やらが押し寄せでもして、生徒会室では仕事どころではなかったのかもしれない。納得した。
兄は皇太子とセルシア様に向けて礼をとる。
「皇太子殿下、皇女殿下。両殿下へ学園の生徒を代表し、ご挨拶申し上げます。学園へようこそお越しくださいました」
「うん」
「久しぶりね、アヴェル。今日は本当に楽しみにしてたの。よろしくね」
「お任せください」
「……」
兄が皇太子の話し相手として選ばれていたのをつい最近聞いたばかりだったけど、セルシア様とも親しげだったとは思わなかった。
だったら最初に私が皇女宮に呼び出されたとき、一緒に行ってくれればよかったのに。今となってはセルシア様と仲良くなれているのでいいんだけども。ちょっと睨むくらいは仕方ないと思ってほしい。
兄には多分私が考えてることは筒抜けっぽいので、にや、と笑われただけだったけど。
「……顔がすごいことになってるわよ」
いきなりの台詞に振り返るとエミリちゃんとロイがいた。私を見捨てたときも兄たちと一緒にいたから、そのままずっと一緒だったのかもしれない。
見捨てられた恨みのままに、エミリちゃんが言うすごい顔で名前を呼ぶ。
「エミリちゃん……」
「なによ」
「よくも見捨てたわね……うらめしやー」
「……何言ってんの。あの令嬢たちはあんたにしか用がないのに、私が割って入れるわけないでしょ」
「……分かってるけどー」
「だから、あんたのお兄さんのところで待っててあげたんじゃない。むしろ感謝しなさいよね」
「エミリちゃん……」
素直じゃない言い方だったけど、いつもよりデレ多めな気がして思わず感動してしまった。ロイが隣で「簡単な奴……」とか言ってるけど無視だ。
「リーリアお姉さま……?」
く、と腕が引かれる。すっかりほったらかしにしてしまっていたからか、セルシア様が、私の制服の袖を掴んで顔を覗き込んでいた。
「セルシア様……!」
「……ロイド・エルディ。皇女殿下にご挨拶申し上げます」
「……」
皇族への挨拶はそこにいる中で身分が高いものが行う。ロイが咄嗟に挨拶をしたので、エミリちゃんは黙ったまま礼をとった。
「ええ。楽にして。お姉さま、もしかして……」
「あっ。申し訳ありません、セルシア様。紹介します。私のすぐ上の兄のロイドと、それから、エミリ・アーデムさんです。私が休学したせいで授業に遅れたのを、助けてくれたんですよ」
「まぁ、そうなの。お姉さまからお話は聞いてるわ。来年から私も学園に通うから先輩ね。よろしく」
「まぁ……恐れ多いですわ」
美少女たちが話しているのは目の保養である。
ほっこりしていると、突然、セルシア様がエミリちゃんにぐいっと近付いた。
「え……?あの……」
「ねぇ。ちなみに、リーリアお姉さまとうちのお兄さまのことは、どこまで知っている?」
そして爆弾を落とした。
「せ、セルシア様?!」
「……」
色々含んだ言い方だったけど、エミリちゃんには何の話かちゃんと分かったらしい。にっこりと笑った。
「色々と」
「……!私、アーデムさんと仲良くなれそうだわ!」
「光栄です」
あ、あら?なんだかよく分からないうちに、二人が手を繋ぐくらい仲良くなってしまった。ずっと見ていたのに、何が理由でそんなに分かり合ったんだろう。
「ロイ……、今なにが起きたか分かった?」
「まぁ……何が理由で分かり合ったのかは、分かった」
「えっ?」
一番近くで見ていたのは私のはずなのに。私に分からなくて、ロイには分かるわけ?なんで?
セルシア様とエミリちゃんに視線を戻すと、手を握り合ったそのまま、なにやらきゃっきゃと可愛らしい笑い声を上げている。
「隣国の王女さまが出てきて……」
「そうそう!」
……なんでここで隣国の王女の話が出るのか。
本気で分からないでいると、ロイはしみじみと言った。
「……女は総じて恋話が好きってことだろ」
「は、へ?そういうこと?!」
「盛り上がってるところ悪いんだが、」
きゃああ!
悲鳴は飲み込めた。すぐ後ろで、皇太子が申し訳なさそうな顔をしている。けど、声をかけてきたのは、皇太子ではなかった。
「リーア。両殿下は時間がないから、そろそろ案内しようじゃないか」
兄が呆れたような、困った顔でそう言った。盛り上がってる中にセルシア様がいるせいだろう。
私は申し訳なさそうな皇太子に謝った。
「あっ、そうですよね、申し訳ありません!」
「ごめんなさい、お兄さま」
「ううん。セルシアにも新しく話し相手が出来たならよかったよ。ねぇ、セルシア」
「はい!そうだわ!アーデムさん。今からリーリアお姉さまたちに案内をもらって文化祭を回るんだけど、よかったらアーデムさんも一緒に回りましょう?」
「……」
よっぽど通じ合ったのか、セルシア様は嬉々としてエミリちゃんに声をかけた。それぞれの美少女と仲良くさせてもらっていると自負している身としては、なんだか嬉しい。
でも、エミリちゃんはすぐに返事をしなかった。
「エミリちゃん……?」
流石に不敬なので声をかけると、エミリちゃんは困惑を張り付けた顔を上げる。
「……ねぇ、なにか揺れてない?」
そんな、エミリちゃんの声と同時だった。
「……?!」
ぐらっ、と地面が大きく揺れ、踏ん張りきれずによろめく。
「な、なに?」
咄嗟にセルシア様を見ると、近くにいたらしいロイが危なげなく支えている。ちなみに、エミリちゃんはいつの間に近くにいたのか、うちの兄が。私は皇太子が支えてくれた。近くにいたからだ。
「大丈夫?」
「は、はい。っ、あ、申し訳ありません。ありがとうございます」
不甲斐ないのと恐れ多いのですぐに離れようとしたが、再び襲ってきた揺れのせいで、逆にその腕の中に飛び込んでしまった。
「っ、すみま、」
そのとき──。
「──っ!!」
今、この状況で感じるはずのない浮遊感。それを理解する間もない。そのまま重力に従って、身体が、落ちていく。
私は声にならない悲鳴を上げた。
(うそでしょぉおおおお!)
手を伸ばした先の青空が、どんどん小さくなっていく。
深く深く。身体はどんどん落下していった──。




