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文化祭は滞りなく始まった。
兄いわく、いつもなら毎年、結構長めの準備期間中になにかしら問題が起こるらしいけど、今回は隣国の王女派と公爵令嬢派の睨み合いが結果的に他のトラブルを抑制する効果をもたらしたのかもしれないとのことだった。一番の問題が抑制もなにもないけども。
それに、私からしたら全然滞りなくもなんともないのだ。
「このお茶は私の領地でつくられた一級品ですのよ。さぁ、召し上がって」
「まぁ!なんて香りがいいのかしら」
「本当に。流石、ヴァルティス様ですわ……!」
(デジャヴ……!)
私はしっかり笑顔をつくりつつ、内心おののいた。
文化祭が始まって、私はウキウキだったのだ。皇太子に謝るということが念頭にあるものの、折角の盛大な文化祭を楽しまない手はないから。
なのに、開会式が終わるやいなや、私はものの数十分でご令嬢方に取り囲まれ、かと思えばあれよあれよという間にヴァルティス様のティーサロンへ引っ張られていたわけである。
ちなみに遠くに見えたロイはひきつった顔で、それでも助けてくれる気配はなかったし、エミリちゃんにいたってはものすごくいい笑顔で手を振っていた。ひどい。
そりゃ、最初の頃は公爵令嬢のお茶会に参加出来るの嬉しかったけど。今の状況では、どうあっても純粋にお茶を楽しめそうもなかった。
(なんか、これはもはやお茶会というより、公爵令嬢よいしょ大会では……)
一級品というお茶も、これでは味が分からなくなるというものだ。
笑顔がひきつらないよう、必死でこらえているのがつらい。
(本当なら、今頃、エミリちゃんと文化祭食べ歩きツアー真っ最中だったはずなのに……)
残念感もひとしおである。
まぁ、別に約束してなかったんだけども。
「で、……ムさ…………でしょう?」
「まぁ……なんてこと……」
(ん……?)
今、エミリちゃんの名前が聞こえたような?
かと思えば、令嬢方の視線はことごとく私に向かっていた。
(え?なに?)
「アーデムさんの件ですわ」
「え?」
「ほら、以前お茶会でお話したことがあるでしょう?アーデムさんがいなくなったのは、学園の外の殿方へ会いにいくためだとか、他にも色々」
「……ああ、はぁ、」
エミリちゃんが拉致・監禁されていた時に流れた噂である。事件がざっくりとだが明るみになって、下火になっていたはずなのに、再びむしかえそうというのか。
「その噂は誤解ってわかったけれど……ほら、ねぇ?」
まるで火のない所に煙は立たないとでもいいたげな顔を見て、私は、令嬢方がこの先何を言いたいのか、分かってしまった。分かってしまったので。
「エルディ嬢はアーデムさんと仲がよかったんでしたわよね?」
「……はい」
「ねえ、エルディ嬢。悪いことは言わないから、」
「素敵です!!」
「仲良くなる相手は選……って、え?」
皆まで言わせてなるものか。
「そうですわよね。あんなに酷い噂もありませんわよね。流石はヴァルティス様。根も葉もない噂に振り回されることもなく、アーデム嬢をいたわるお心までお持ちとは!尊敬いたしますわ!」
手を胸の前で組んでの大袈裟な「尊敬してます!」アピールに、ヴァルティス様はあからさまに顔をひきつらせた。
私はかまうことなく、兄なら「いくらなんでも演技が過ぎるんじゃないか?」と呆れそうな口上を続ける。
「皆さまもそう思いませんこと?!」
「え、」
「……いえ、あの、」
否定も肯定も出来ずに、令嬢方は一様に言いよどんだ。それはそうだろう。ヴァルティス様たちは、私を味方にしたいけど、男爵家でも平民寄りだというエミリちゃんには来てほしくない。だから、あくまで忠告という形で私とエミリちゃんの仲を決裂させたいんだろう。
でも、ここであからさまにエミリちゃんの文句を言うのは、マナー的にも私の心証的にもよろしくない。だから、何も言えずにいるのだ。
(……やっぱりこういう令嬢方って身分とかが第一なのね。友だちは多いほうがいいけど、よいしょしなきゃいけない友情とか嫌すぎるわ)
内心ため息をついたところだった。
ガタッ、と大きな音がして、ヴァルティス様が立ち上がったことを知る。
「……?」
「どうしたの?」
そして、すぐに私の背後から声がした。
「……っ!!?」
声の主が誰か分からないはずはない。顔を見ずとも。
しかも、目の前の令嬢方がこぞって立ち上がり、ヴァルティス様を先頭にして礼をとった後だから、なおさらだ。
でも。
「……皇太子、皇女両殿下へご挨拶申し上げます」
「……?!」
振り返った先、予想通りの美しい笑顔の皇太子より少し下がったところに、同じく美しく可愛らしい顔で笑う美少女の存在は流石に予想外だった。
(セルシアさま!)
「うん。楽にして」
「ふふ。皆さま、お久しぶりですわ」
まさか学園でセルシア様に会えるとは思わなかったので、振り返ったそのままで固まってしまった私をよそに、皇太子とセルシア様は令嬢方にとてもいい笑顔を向けている。
令嬢方は先程までの会話もあるからか、若干気まずそうに顔を上げた。ヴァルティス様は流石、涼しい顔で笑顔を見せている。
「それで、なんのお話をしていたのかしら?」
セルシア様の言葉でちょっとひきつったけど。
「え……?」
「なにか盛り上がってたから、どんなお話をしていたのか気になったの。ねぇ、お兄さま」
「……そうだね」
「ねぇ、どんなお話?」
あ。これセルシア様たちさっきの一連の話聞いてたな。
私はそう思った。セルシア様と目が合ってにっこりされたので、それは確信に変わる。
私はようようと口を開いた。
「それが、アーデム嬢の酷い噂があるんですけれど、ヴァルティス様はその噂は誤解だと仰ったんです。未だ、根も葉もない酷い噂を信じるものもおりますのに、なんて素晴らしい方なのかと、私、感動してしまいまして!尊敬の意を皆さまと分かち合っていたところなんですよ」
「まあ、そうだったの。それは素晴らしいですわね、お兄さま」
「そうだね。……ヴァルティス嬢」
「は、はい。皇太子殿下……」
「まだ噂が消えていなかったとは思わなかった。君がそうして、正してくれるのはありがたいよ」
「い、いえ……あの、」
「これからも、令嬢方の見本でもある君が、おかしな噂に惑わされることなくいてくれると助かるよ」
「も、もちろんですわ」
流石、皇太子。有無を言わさず、ヴァルティス様だけに言ったようで、周りの令嬢方にもまとめて釘を刺した。これでもう、この令嬢方はエミリちゃんのことを言ったり出来ないだろう。私の思い通りにはなったけど、うまくいきすぎてちょっと怖い。恐るべき皇族パワーだった。




