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少しばかり脚を引きずりながらも無我夢中で走った。本当なら寮へ向かって、そのまま部屋まで帰ってとっとと寝てしまいたいところだったけど、方向音痴が無我夢中で走って、そう思い通りに部屋までたどり着くはずもない。現に今、ここがどこかが分からなかった。


(うああああぁー)


混乱のまま頭を抱えていると、背後から伸びた手が私の肩をがしりと掴んだ。


「ひっ」

「ちょ、あんた、貴族令嬢のく、くせに、全力疾走、してんじゃ、ないわよ!」


エミリちゃんだった。髪が乱れている上、ぜーはーしているので必死で追いかけてきてくれたんだろう。優しい。顔怖いけど。


「え、エミリちゃん」


流石にすぐは喋れなかったらしいエミリちゃんは、何度か呼吸を整えると、くわっと牙をむいた。


「ひえっ」

「あんたね!なにきれーに回れ右かましてんのよ!相手皇太子よ?!正気なの?!」

「うっ!や、やっぱりまずかった?」

「まずくないわけないでしょ?!あんた、顔も見てなかったじゃない!」

「いや、うー、挨拶は、したし……」

「はぁ?あれが挨拶?顔も見ないで色々捲し立てた上、どん曇りなのにいい天気だなんて見当違いなこと言ってたくせに?」


ぐうの音も出ない。

エミリちゃんにとって余程のことだったからなのか、容赦もなにもなかった。


「あれじゃ、皇太子が気の毒にもほどがあるわ!ただでさえ中々会えるわけじゃないのよ?想われてるのが分かってるくせに、よく、あんなにあからさまに避けられるわね?!」

「さ、避けてなんか……!」

「どう見ても避けてたでしょ!背中向けて逃げたようにしか見えなかったわよ!」

「……う、だ、だって!分からないんだもん!」

「はあ?!」

「……この間、前は付き合っても恋愛経験ってほどじゃないとか、偉そうなこと言ったけど、そうじゃない!恋愛経験なんて甘ったるいものに関わってこなかったの。経験ゼロなの!だから、そういうのに全然耐性がないのよ!」


好きだの嫌いだのは漫画やドラマ、それこそゲームの中だけの話だった。婚活も、結婚しなきゃという義務感みたいなものでやってただけだし、結局いい出会いはなかった。

生まれ変わったとはいえ、この記憶があるかぎり、どうしても混乱してしまう。


「なのに、あんな、美しいお顔で、優しくて、守るとか普通に言っちゃうし、実際びっくりするくらいかっこよく助けてくれちゃうようなハイスペックの、よりによって皇太子に、あんな、夢みたいなこと言われちゃったら……どうしていいか、分からなくなるでしょ……」

「……」

「……いい歳して、って自分でも分かってるわ。でも、だって、しょうがないじゃない……」


今にも泣きそうな声で弱音をはくと、エミリちゃんはとても長い溜め息をついた。


「……なんか、色々追及したいことをさらっと言ってたような気もするけど、今日は見逃してあげる。全く……しょうがないから、これからどうしたらいいか、一緒に考えてあげるから、」

「……あの」


折角エミリちゃんが苦く笑って、そう言ってくれたところに割って入った声に、私とエミリちゃんは素早く声の方へ顔を向けた。

その形相にか、びくり、と肩を跳ねさせたロイが、見るからに申し訳なさそうな顔で、口を開く。


「お嬢様、アーデム嬢。話の内容も内容ですので、ここからは、移動してお話したほうがよろしいかと思うのですが」

「……」

「……」

「……」

「「きゃああぁあ!」」

「……うわ、うるさ」


近い距離でエミリちゃんと二人、叫んでしまったので、ロイは流石に素で眉をひそめた。

いや、うん、そこはごめん。


「ろ、ロイ?なんでいるの?!」

「……ずっといましたけど。俺がお嬢様についてこれないわけないでしょう」

「いや、そこじゃなくて……え?え、もしかして聞いてた?私たちの話」

「……そりゃ、この距離ですし」

「どこから?」

「……」


うわ。これは最初から最後まで聞いてたパターンだ。

エミリちゃんもロイの今まで存在に気付いていなかったのか、やっちまった顔を隠しきれていない。

やっぱりロイの前では猫を被っていたらしい。こんな形でバレてしまって、なんだか申し訳なかった。


「ちなみにお兄さまもいるぞ」


そう言ってロイの背後から顔を出したのは、間違いようもなく、うちの兄で。

心の底からの悲鳴が出た。






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