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いつの間にか、皇太子がセルシア様の背後に立っていた。私が領地へ行く前の頃と同じ。神出鬼没は相変わらずみたい。
「やぁ、リーリア」
「こ、こんにちは、殿下」
ついさっきスティアラ王女とヴァルティス様が、執務室の皇太子がどーのこーの話をしていたから、今日は乱入してこないと思っていたのに。
(……というか、どこから話聞いてたの……?)
内心ひやひやの私を──ついでに黙り込んでしまったセルシア様も──よそに、皇太子は私の傍まで近寄ってきた。何も言わないままなので、思わず身構えてしまう。
(な、なに……?)
「怪我は……」
「え?」
「怪我は、大丈夫?」
悲痛な顔でそう言われ、そういえば怪我をして、学園から家へ強制帰宅になって以来、皇太子とは全く会ってなかったということを思い出した。手紙では歩けるようになったことを書いたけど、皇太子としては、記憶が怪我をして立ち上がれもしなかったときのままなわけだから、本当に大丈夫なのかと、少しばかり疑わしく思うのも無理はないかもしれない。
「もちろん、大丈夫です!」
私はその証拠に、と言わんばかりに立ち上がった。そのまま礼をとる。ずっと、言わなければと思っていたのだ。
「その節は、大変ご迷惑をおかけしました。色々と助けてくださり、ありがとうございます」
「……うん。大丈夫ならよかった」
(……?)
皇太子は立っていた私をおもむろに抱き上げると、そのまま席に座らせた。その、あまりにも自然な行動に私は何も言えないままだったけど、皇太子は特に何を気にした風もなく隣に座る。
(え、なに?なにが起きたの……?)
あまりの驚きで口を開けたままセルシア様を見たけど、セルシア様も特に何を気にした様子もないまま紅茶をすすっている。
「……」
藪をつついて蛇を出したくもないので、私は今の件に触れることを諦めた。
のに。
「で?迷惑って、何の話をしていたのかな?」
(うぐ……っ)
つついてないのに、違うところから蛇が出た。
「いえ、あの」
本人を目の前に、皇太子が誰と結ばれるのかちょっと気になって……とか、そういう話を出来るはずもなく。
が、皇太子が急に現れたのと、自然に抱き上げられて椅子に座らされたハプニングのせいで、うまい話の反らしかたが出てこない。
そのままあわあわしていると、向かいでセルシア様がカチャリとカップを下ろし、おもむろに口を開いた。
「お兄さまと結ばれるなら、リーリアお姉さまがいいなぁ、って話よ、お兄さま」
(せ、セルシア様ー!)
いやいやいやいや、そんな話してなかったよね?
焦って思わずぎゅ、と眉を下げてセルシア様を見るけど、セルシア様はにっこり笑うだけだ。
なんで?!
恐る恐る皇太子に視線を戻すと、皇太子はなんとも言えない顔で押し黙っていた。
でもまぁ、変に反応されるよりいいけども。
「い、嫌ですわ、セルシア様!そんなおかしなことをおっしゃって!殿下、その、実は……スティアラから王女様がいらっしゃってるというお話と、殿下に想う方がいらっしゃるというお話をたまたま聞きまして、セルシア様はどう思ってるのかと気になったので、そのお話をしていただけなんです。深い意味はございませんわ」
「……」
「その、私のことなど、恐れ多くも妹かなにかのように思ってくださっているでしょうし、殿下の想う方に申し訳ないので、このお話はご迷惑になるのではないかと思ったところで……」
「……待って、」
「へ」
「ちょっとおかしいところがあるな」
「え……と、?」
「リーリア。僕は君を、妹のようだと思ったことは、一度もないよ」
(う、)
確かに、麗しいセルシア様という妹君がいる、しかも他でもない皇太子にそんなこと言うのはやっぱり恐れ多かったのかもしれないけど、そんなにばっさり否定しなくても。
私はしょげた。顔にもばっちり出ただろう。
だって、皇太子からの手紙を読んでお兄さまが二人になったみたい、なんて喜んでたのが、馬鹿みたいだった。
「……大変無礼なことを……」
「いや、違う。そうじゃない」
咄嗟に謝ろうとしたのに、すぐに止められた。私はきょとん、と皇太子を見つめる。
「……、」
皇太子は一度大きく深呼吸してからなんでもない顔で立ち上がった。そして、なにごとかと黙ったままその様子を見ている私の椅子の傍で、片膝をつく。
「!殿下!」
「いつだったか、リーリアが僕に教えてくれたことがあるよね」
「え……?」
「僕に寄ってくる令嬢たちは、僕に好かれたいから、記憶に少しでも残るようにしているんだと」
そんなこともあった。というか、初対面のときだ。幼いながらも、皇太子に気に入られようとしていた令嬢たちを、皇太子が煩わしく思っていたようだったから。
前世が婚活女だった身としては、中には緊張していたけど、頑張っていた令嬢もいただろうことを思って、黙っていられなかったのだ。
「だから、煩わしく思わず、向き合ってあげて欲しいと」
「……」
話が見えなくて内心混乱していた私をよそに、皇太子は私の手を取り、その甲へ口づけた。
「?!」
(は、はぁっ?!)
思わず立ち上がりかけたが、脚が動かなかった。手も取られていたのも原因だろう。
皇太子は口づけたあとも私の手を離さないままで、私を見上げる。
うっ。だから、至近距離の美しい顔は、心臓に悪いんだって。
「リーリア、」
「っ、」
「僕は、君を妹のように思ったことは、一度もないよ。こうして、そういう意味で、君に、向き合って欲しいからだ」
「……」
「分かった?」
分かった。言いたいことは、大いに分かった。
けども!
私の思考はフル回転した。フル回転して、ショートした。だって私の思考の範囲外だ。キャパオーバーだ。
すぐに逃げたかったが、そうもいかない。怪我をして咄嗟に思うように動かなかった脚と、ここが他でもない、皇宮だという事実が恨めしかった。
「……というわけだから、よろしくね」
「……」
うわ。この、全然人の話を聞いていない感じ、ちょっとデジャヴ。
じゃなくて!
そんな風に言われて、よろしくしたいわけがない。
(私は、なによりも、こういうのには関わり合いたくなかったのに!)
どうしてこうなっちゃったの?!




