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まぁ、そりゃ戻ってきますよねー。分かってたけど。


「大人しくしておけと言っただろう」


生憎、こちとら大人しくしろと言われて大人しくしているほど、か弱い令嬢じゃない。

私は意を決して男子生徒を睨み付けた。こうなったら、情報収集だ。


「……貴方は、何の目的があってこんなことをするの?」

「あ?」

「言っておくけど、曲がりなりにも私たちは貴族。その貴族に危害を与えるなら、貴方がどんな身分でも厳しい処分がくだるわ。今ならまだ間に合う。だから……」

「黙れ、身の程知らずが!」

「へっ、」


な、なにそれ?

流石に予想外の言葉過ぎて固まってしまった。男子生徒はなおも苛々と言い放つ。


「……お前らのような身の程知らずが皇太子殿下に纏わり付くなど、恥を知れ!」


おっと成る程。まさかの皇太子絡みだった。


「我が主こそ至高。皇太子殿下に相応しいお方……。なのに、お前ら身の程知らずが纏わり付くせいで、我が主が涙をのむなど……そんなことがまかり通ってなるものか!」


この人、話全く聞こえない系のヤバイ奴だ。下手なことをすると、神経を逆撫でしてしまいそう。

でも、だからって、このままここで大人しくしようものなら、今度は何をされるかわからない。


「……エミリちゃん」

「え……?」


私は気付かれないようにジリジリと後ろに下がって、エミリに近付いた。そして、劇場の舞台さながらに自分の台詞に酔いはじめた男子生徒に聞こえないよう、声を潜める。


「私が合図をしたら、一緒に走るわよ。いいわね?」


エミリは、小さく頷いた。

少々危険は伴うだろうが、出入口は男子生徒が塞ぐそこしかない。男と女の体格差はあれど、相手は鍛えてる風でもないただの男子生徒。人身売買犯を伸した私の敵ではない、はず!


(駆け出すと同時に煙玉を投げたら、それに紛れて逃げ切れると思うし……)


「リーリアさん!」

「!」


エミリの声と同時に、顔に水が降りかかった。ただの水だったようだが、咄嗟に目を閉じてしまい、その隙に力いっぱいはたかれる。


「っ!」


くらり、と眩暈がした。まずい。

ぼやける視界には、角材を持った男子生徒がいる。ちょっと、嘘でしょ?

男子生徒は躊躇なく、私の脚に角材を振り落とした。ひどい激痛に、意識が飛びかける。


「ちょっと、やめてよ!り、リーリア、リーリア!しっかりして!」


(あぁ、駄目。エミリまで攻撃されちゃう)


相手は女にも躊躇なく角材なんか振り回す危ない奴だ。このままだと、大分やばい。


「え、エミリちゃん、」


視界が暗くなる。エミリは今、どうなっているのか。それに、男子生徒は?


(私、こんなところでまさか本当に死ぬの?まだそんなに人生楽しんでないのに……?)


──バキッ。


あまりの出来事過ぎて、思わず今世の後悔をしていたところだった。

派手な音が聞こえて、飛びかけた意識が引き戻される。


「エミリ、ちゃん……?」


よろけた私の身体を掬いとったのは、黒く薄汚れた制服を着た──皇太子だった。


「え、で、んか……?」


こんな場面は何度目だろう。掠れた視界では、皇太子がどんな表情をしているのかよく分からない。


「!エミリちゃんは……?!」


皇太子がいることにも驚きだが、意識が飛びかける前に、私を庇ってくれたっぽいエミリがどうなっているのかが気がかりでそう言ったのに。


「……君という人は……」


こんな、押し殺したような皇太子の声を聞くのは、初めてだった。


「殿下……?」


皇太子は、私の言葉に答える様子もなく、ゆっくりと私の身体を座らせる。


「……アーデム嬢」

「は、はいっ!」


あ、そこにいたんだ。

皇太子に呼ばれて、私の背後からエミリが返事をした。そのまま、多分私の背中を支えてくれている。よかった。声からしても問題はなさそうだし。


「……リーリアを、よろしく」

「は、い……」

「……」


いや、問題はありそうだ。

何がなんだか、今の状況を把握出来ないからもあるだろうが、皇太子の纏っている雰囲気が、なんだか恐ろしかった。

エミリもそう思ってるから、固い声なのかもしれない。


「う、ぅ……」

「立て」


大人しく皇太子の行動を目で追っていると、彼は倒れていた男子生徒──恐らく先程の音は皇太子が男子生徒を伸した音だったのだ──の髪を掴んで、無理やり起き上がらせようとした。男子生徒は、悲痛な声で唸る。


「ぅう"う、」

「誰の命令だ?」

「ぐぅ、っ!」

「言え。黒幕は、誰だ?」

「うぅうう"ぅ~っ、」


(い……いやいやいやいや!)


そんなことをしても、あんなに盲信してるっぽい「我が主」のことを、男子生徒が簡単に話すわけはないだろうに。

案の定、男子生徒は口をつぐんでいる。すると皇太子は、なにをするかと思えば、男子生徒が地面についていた掌を、グリグリと踏みつけた。

私は驚いて、エミリの肩を叩く。


「え、エミリちゃん」

「……」

「ちょっと……あれ、止めないといけないんじゃ……」

「……」

「ねぇ、主人公!しっかりして!」

「……いや……あれは、無理でしょ……」


エミリは若干放心状態だった。

いやいやいや。主人公が止めないで、攻略対象の暴走を誰が止めるというのか。


「……随分と、ふざけた真似をしてくれたものだ」

「ぐっ、」


皇太子は微笑んだままで、男子生徒を蹴り飛ばす。


(は?!)


だから、これ恋愛ゲームでしょ?!なんでこんな過激なのよ!

もう色々構っていられない。これ以上はまずいだろう。


「で、殿下、殿下!ぐっ、」


立ち上がろうとして脚に激痛が走った。駄目だ。立てなさそうだし、歩けなさそう。

それでも必死で皇太子を呼ぶ。


「殿下!もう止めてください!それ以上はいけません……!


やっと声が届いたのか、皇太子はぴたりと動きを止めた。

助けてくれるのはありがたいが、このままでは男子生徒の方が大怪我で大変なことになる。前世とはもちろん法律も違うが、流石に過剰防衛が過ぎるだろう。


「……」


皇太子は、ゆっくりと振り返った。顔からは表情が消えていて、びくっ、と思わず肩が震える。


(こ、こわ……っ)


皇太子は、私の様子に気付いているのかいないのか、私の側に膝をついて、視線を合わせてきた。

声も出せないままでいると、皇太子はこちらに手を伸ばす。肌には触れないまま、皇太子の手は私のこめかみから頬を辿った。


(あ。はたかれたところ……?跡とかあるのかな……)


「あ、あの……うわっ!」


この状況をどうしたものかと考えていると、突然身体が浮いた。皇太子に持ち上げられたのである。しかも、お姫さま抱っこというやつで。


「で、殿下、」

「……」


うわぁ、無言だ。

皇太子は何も言わないまま部屋を出る。降ろして欲しいともなんとも言えない私を連れて。

間もなく、騒がしくなってきたかと思えば、ディーと数人の男子生徒が走ってきた。


「殿下!これは……、」

「……ディートリヒ」

「!は、」


ディーは皇太子にお姫さま抱っこされてる私を見て何か言いそうだったけど、皇太子に呼ばれてすぐさま膝をついた。

こんなときじゃなきゃ、内心大興奮だったのに!


「アーデム嬢とカロイドルは中だ。後は頼む」

「拝命いたします」


ディー、なんか言って!と視線を送りたかったけど、そんな間もなく、礼をとったディーの脇を抜けて、皇太子はさっさと足を進めてしまった。


「……」


ディーが顔を上げないのに、他の男子生徒が顔を上げられるわけがない。

私は内心ものすごく怯えつつ、成すすべもないまま、大人しく皇太子に運ばれるのだった。






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