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「……お恥ずかしいところを……」
慌てて立ち上がってドレスの裾をはらった。皇太子は少し笑っている。不覚にも、お転婆だなぁくらいは思われたかもしれない。こんなところで座り込むんじゃなかった。
「リーリア一人だけ?こんなところでどうしたの?」
「いえ、あの……殿下はどうされ……はっ!」
そこで私はエミリの存在を思い出した。そうだった、イベントに出くわしてたんだった。
(また入学式みたいに乱入する形になっちゃった……?!)
「で、殿下、」
「ん?」
「あの、邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした!」
「え?」
「どうぞお話を続けてくださいませ、殿下。私はこれにて失礼しますので、」
私はまくしたてるように挨拶をすると、頭を下げて踵を返した。バレてる可能性が高いかもしれないけど、あわよくば、エミリが私だと気付いてませんようにと願ってのことだった。
「どこに行くの?会場はこっちだよ」
「えっと、あっちに用事がありまして……!」
「ちょっと待って」
足を踏み出す前に、腕を掴まれて止められる。まさか振り払う訳にもいかないので、困惑しつつ、頑なに皇太子の方を見ないでいると、皇太子が私の顔を覗き込んできた。
ひえ。
「で、でん……」
「……この先はもう灯りがないから駄目だよ。危ない」
「いえ、あの、」
「リーリア」
「……」
「どうしても行きたいなら、明るくなってから一緒に行こう。用事はそのとき済ませたらいい。僕も付き合うから」
(えー……)
別に用事なんてものはない。ただ、ここから離れるための口実だっただけなのに。なんて用事にしたらいいものか。
というか、いつの間にかに、一緒に行くことになっているような。なんで?
「あ!アーデムさん!」
またエミリを忘れてた。思わず皇太子の後ろを凝視する。こうなったら、どんな顔をしてるか見ておかなきゃと思ったのだ。だけど、そこにエミリは居なかった。
「……あれ?」
茂みの影になって見えないのかと思ったけど、そんな気配もない。
「アーデム嬢が、どうしたの?」
「え、っと、すみません、先程までアーデムさんがご一緒だったのでは?」
「ああ。カフスに髪が絡まってしまったから取っていたんだよ」
はい、それ見てたんで知ってますけど?
「カフスを千切って絡まった髪をほどいていたはいいんだけど、アーデム嬢が何故か転んでしまってね。ドレスが汚れたようだから着替えるみたいで、さっき下がっていったよ」
「え。そ、そうでしたか……」
だったら焦る必要なかったかも。なんだったの、私のこの一連の行動は。また邪魔しちゃったんじゃないかって焦って損した。
「……邪魔してってもしかして、僕とアーデム嬢が話をしていたことに対してだったのかな?」
「えっと、そうです」
「……邪魔だなんて思わないのに……。むしろ、ここ何日か会えてなかったから、会えてよかった」
「……」
さっきのことがあったからだろうか。なんとなく皇太子と顔を合わせづらい気がする。不敬になると思うと、思い切り顔を反らすことも出来ない。
「そうだ、国王陛下たちのこと……」
「えっ」
「驚いたよね。まさか来るとは思わなくて、フォローも出来なくてごめん」
「そんな……」
「セルシアも多分、リーリアが初めての同年代の友人だから、陛下方に話をするのかもしれない。それで、気になったんだと思う」
う。それって、もしかしてまた品定めされたということなんだろうか。今度は国王夫妻に。そんな感じではなかった気がするんだけど。でも、もしそうだとしたら、王族って本当に大変。
それにしても、セルシア様が私の事を話題にしてくれていたなんて嬉しすぎる。
「それは……ありがたいことです」
「でも大変だったんじゃない?みんな詰めかけるようだったから」
「それはもう!」
あ。思わず言ってしまった。
口を塞いだけど、言ってしまったものは戻せない。皇太子はおかしそうに笑った。
「あはは!正直だね」
「……すみません」
「いや、謝ることないよ。僕も大変だな、と思うときがあるから」
「まあ……そうなんですね」
「秘密にしておいてね」
「それは……私の方こそですわ」
なんだか、こうして話をしてると、先程のイベントのワンシーンが目の錯覚だったんじゃないかと思えてくる。エミリがいないから、尚更だ。
(さっきは皇太子も、別世界の人みたいだったのに……)
やっぱりゲームの効果とかなんだろうか。
「そろそろ会場に戻ろうか」
皇太子はそう言って会場の方を見た。確かに、外へ出てきてから結構な時間が経っている。恐らく、あの騒ぎも落ち着いている頃合いだろう。
そういえば、ロイが戻って来ない。ぼんやり思った。
「また注目を浴びると大変だから、別で分かれて、……」
ぴたり、と皇太子が言葉を止める。なんで?と思ったけど、びっくりした顔が私を見ていて、私は自分が何故か、思わず皇太子の袖を掴んでしまっていることに気付いた。
「え?あ……っ!」
つい、気安く袖を掴んでしまった。相手は皇太子なのに。兄じゃない。すごい偉い人なのに。
慌てて手を離して距離を取る。
「……申し訳ありません……っ!」
「大丈夫だよ、気にしないで。どうしたの?」
「いえ、あの、なんでもないんです……」
「……」
「特に、なにか、あったわけでもなく……本当に、申し訳ありません」
「……ねぇ、リーリア。ダンスはもう踊った?」
「え?」
「ダンス。アヴェルと、もう踊ったかな?」
「……いえ。踊ってない、です」
眉が寄ってしまう。今、どうして唐突にダンスの話題?
「そう。僕もまだなんだ」
「え?」
「だから……リーリア・エルディ嬢。どうか僕と、踊ってくれませんか?」
「……!」
まさに、ゲームやらフィクションで見るような光景だった。胸に手を当てた皇太子が、私をダンスに誘っている。その、美しいお顔で。
「え、ええと……」
「せっかくのパーティーだから、ダンスをどうかと思って。会場は目立つかもしれないから、よかったらここで」
「……」
「どうかな?」
頭が真っ白になったけど、私は皇太子の差し出された手を取っていた。
(ほら、うん、せっかく、だし……)
「……謹んでお受けいたします、殿下」
「うん、」
皇太子がにこりと微笑んで、私を優しく引き寄せる。
会場から漏れ聞こえる小さな小さな音楽の中で、やはりというか皇太子は見事、優雅にリードしてくれた。




