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いくらなんでも遅い。

兄が生徒会を出てから、体内時計では一時間ほどが経過したような気がする。外はすっかり夕暮れ時だ。

この間にでも帰っていたら、一人でも特段危険なことはなかっただろうに。どうしたんだろうか。


(まさか……忘れてる?それとも、なにかあったとかじゃ……ないよね?)



まぁ、また戻ってきそうな感じだったし、もし忘れていたなら、責任を持って兄に送ってもらえば問題はないだろう。

そんな感じのことを、つらつらと考えていたときだった。


「ふっ、」

「えっ」


急に笑い声が聞こえた。声の方へ目を向けると、生徒会の扉にもたれ掛かって、眼鏡の男子生徒が肩を震わせて笑っている。


(えー……急に現れた人にものすごく笑われてる……あれ?)


眼鏡に、藍色の髪、水色の瞳。子犬のような可愛らしい顔。

確かに、見覚えがあった。


「失礼。くるくると変わる表情があまりにも可愛らしくて、思わず笑ってしまいました」


その人は、特に恥ずかしげもなくそう言って笑う。


「覚えていらっしゃいますか?入学式の折り、お会いしましたね。マルク・リディガーと申します」


そうだ。あの時兄を必死に探していたっぽい、兄の部下っぽい人。


「もちろん。覚えておりますわ、リディガー様。リーリア・エルディです。いつも、兄がお世話になっております」

「いえ、エルディ嬢。会長には、むしろ僕こそお世話になってるんですよ」

「えっ、意地悪されないですか?」


おっと。つい本音が。

私が真剣な顔で聞いたのに面くらったらしいリディガー様は、驚いた顔ののちすぐに吹き出した。


「意地悪はされませんよ。まぁ、たまに……いえ、少し、困ったところはありますが……」


リディガー様が少し言い淀んだのを見て、入学式でのことを思い出す。ああいう調子で、うちの兄にものすごく困らせられているんだろうなと察せられた。


「あの、兄がすみません」

「いえ。なんというか、会長にとって、妹君は本当に大切なんだと、よく分かりましたから」

「え?」

「実は、貴方を寮まで送り届けるように言われて参りました」

「ええっ!」


ちょっと兄!自分の部下?を使い走りにする気なの?信じられない!


「そんな……リディガー様、申し訳ないですわ」

「いえ。僕も帰るところなので気にしないで下さい」

「でも……」

「それでは、お話をするついで、ということにしませんか?前回慌ただしくご挨拶してしまったので、気になっていたんです。どうでしょう?僕に損はありませんよ?」


気が引けるのは変わらないけど、申し訳ないと思わせないようにか、そんな風にまで言ってくれているのに、これ以上固辞すると逆に迷惑になるだろう。私は素直に頭を下げた。


「では……お願いします」

「こちらこそ」


(……?)


ふわ、と綻んだ顔に、確かに見覚えがあった。……どこで?


──こちらこそ!君に会えて嬉しいよ!


「ああっ!」

「……?」


急に大声を出されて、リディガー様は面食らったような顔で私を見る。そうよね、普通に喋ってたのに、急に声を出されたらびっくりよね。


「えっ、あ、の、すみません、急に、えっと、明日やらねばいけないことを思い出して……!」


くっ。なんて苦しい言い訳。


「……そうですか?思い出せてよかったですね」


私だったら多分「本当に?」って疑ってると思うこの状況で、リディガー様は、それ以上何も聞かずにいてくれた。


(いい人……!)


だから、攻略対象なんだわ。

マルク・リディガーは攻略対象の可愛いキャラだった。なんで分からなかったのかと思ったら、ゲームとは違って、彼が敬語で話をする上に、眼鏡をかけていたからだ。

実際のリディガー様は、可愛いキャラというより、どっちかというと知的キャラにみえた。


(私の覚え間違い……?)


「エルディ嬢?そろそろ行きましょうか?」

「あっ。はい!」


また思考の渦に沈むところだった。

私が早く寮へ帰らないと、リディガー様だって帰れないのに。


「ふっ」


私が慌てて生徒会室を出たところで、また笑われる。

何が面白かったのか分からなかったので首を傾げると、リディガー様はおかしそうに、私の顔を覗き込んできた。


「リディガー様?」

「そんなに気になることを思い出してしまったんですか?」

「え、えと……ちょっとだけ、」


そりゃ、また攻略対象に関わってしまったんだから、気にならないわけはない。


「でも、大丈夫です。明日……!明日やりますので」


自分でも何を?という感じだけど、まぁ、色々と考えるのは今じゃなくていい、ということにした。


「そうですか。では、何かお手伝いが出来ることがあったら、なんでも言ってくださいね」


(……やっぱり、いい人!)






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