兄共、うちうち
ロイは孤児だった。変な令嬢に会ったら、その令嬢が恩人になって、そう思ったら、貴族の養子になった。
まさか、自分がお貴族さまの養子になるとは思っていなかったロイは、お高くとまって、偉そうで、意地悪な悪魔、貴族。とりわけその令嬢には、全くいい印象をもっていなかったのだ。
変な令嬢に会って助けてもらったので、その認識は正されたけども。引き取られた先も、その変な令嬢の家だったし。
「……まさか、お嬢様が全く知らないとは思いませんでしたけど」
「はは!」
変な令嬢、リーリア・エルディの兄、アヴェルは、対妹には意地悪に振る舞うくせに、なかなか過保護な一面を持っている人だった。
普通、妹に張り付かせるためだけに、孤児院の、しかも男を養子にしたりしない。
まぁ、少しいい加減だったけど。
「リーアの距離感がおかしい?そんなもん知らん。兄になったんだから自分で言え」
探検がしたいというリーリアに付き添って学園内を練り歩いた日。報告のため立ち寄ったアヴェルの部屋で、心配も込めて注意したほうがいいのではと言ったのだが、面倒そうにあしらわれた。
いやいや、妹だろ?なにより、貴族令嬢だろ?このままじゃ色々まずくないか?
名を呼べと詰め寄ってきたリーリアとの距離は、その瞳に自分の姿が映るほど。あまりに近い距離に、ロイが動揺したのを、どうとったのかは知らないが、リーリアはなんとなく得意気だった気がする。
だから、まずくないか?と思うのだ。
「そういうやらかしは自業自得だからいいんだよ。変な奴相手ならそもそもリーアは近付かないだろうしな。あれで防衛本能は優れているんだ。まぁだから、距離感を正せとかそういうことを言いたいなら言えばいいが、治るかどうかも知らんぞ」
「……」
色々複雑だ。
ロイは考えるのを止めた。
「ほぉ。それで、そのまま帰ってきたと」
「……」
「まぁ、皇太子殿下に帰れと言われれば帰らないわけにはいかないだろうが。お前はリーアの兄なわけだから、殿下も別に咎めはしなかっただろうに」
報告のため立ち寄ったアヴェルの部屋。
エミリを寮まで送り届けた──道すがらエミリはなんやかんや話しかけてきていたが、それどころではなかった──ロイは、アヴェルの向かいに立ったまま、眉をひそめた。
「いや、なんか……初めて顔を合わせたのに、敵意があったというか、なんというか……お嬢様と二人にさせないといけないような、そんな気がして……」
リーリアから視線がゆっくりと移った瞬間のあの目といったら。
「ああ、」
「ああ、って。アヴェルさま、なにか心当たりでも?俺、作法かなんか、間違ったんでしょうか?」
「違うだろう。心当たりもなにも、自分で分かっているじゃないか。お前は敵視されたんだよ」
「……」
やっぱりそうか。ロイに視線が移ったその時、皇太子が見ていたのは、恐らく自分の制服を掴んでいるリーリアの手だったから。
「……皇太子殿下は、お嬢様を……?」
「まぁ、はっきりと聞いたわけじゃないけどな。一応友だち第一号ってことになってるが、殿下の行動やらは、色々と、友人に向けるものじゃないだろう」
「はぁ……」
「まぁ問題は、あれに、微塵も、欠片もそんな気がないことだな。兄としては助かるが……たまに、殿下が同じ男として不憫でならんときがある」
「……」
分かる気がする。どっちかというと、皇太子の気持ちが。
(……いや!アヴェルさまの言うように、同じ男としてだ!うん!)
ロイは色々と払拭するように首を振った。深く考えると、なにか、まずい気がする。
「あれは、貴族令嬢のマナーは完璧なのに、何故か距離感がおかしいんだよ。その辺は、お前がよく実感しているだろうが」
「まぁ、はい……」
この間の件しかり、だ。
ロイは、兄で友だちで護衛だとは言ったが、本当の身内ではない。それを分かっているから、皇太子はロイを敵視するのだ。
ロイはアヴェルとは違う。
その辺を、リーリアはよく分かっていないのだ。
「……あれは、まだまだ子どものつもりなのかもな。恋愛沙汰に自分が巻き込まれるのを、考えていないのか」
それとも、そもそも巻き込まれたくないのか。
アヴェルは呆れたように笑う。
「まあ、だが、いつまでもあの調子だと、色んな意味で、いつか痛い目をみるだろう」
「……」
「だから、自業自得だと言うんだ」




