主人公、ときめき
気が付いたら、エミリ・アーデムだった。
覚えがないはずがない。大好きだった乙女ゲームの、ほかでもない、主人公なのだから。
十八歳の女子高生、改め、エミリは、これは運命だと思った。前世では録なことがなかったから、神様がそんな自分を憐れに思って、最高の人生を与えてくれたんだと。
身分こそ、平民と変わらないくらい下級の男爵令嬢、という立場だったけど、エミリは構わなかった。だってすぐに、かっこよくて、身分もあって、素敵な攻略対象者と出会って恋に落ちると決まっているのだから。
だからこそ、人攫いに遭ったときは冗談じゃないと思った。だって、自分は主人公なのに、なんでこんな酷い目に遭わなければならないのか。
その考えは、牢屋から逃げ出して、ある人とぶつかったら綺麗に消え去ったけど。
「大丈夫?」
「え……」
間違えるはずがない。攻略対象者の中でも一番の人気だった人だから。
そして、自分の一番の推しだった人だから。
(本物のジルディオさまだ!)
そこでようやく思い出した。これは、学園に入学する前に起こる、ジルディオルートの始まりのイベントだったこと。
やっぱりゲームは自分を中心に回っているんだ!そう、確信した瞬間だった。
ジルディオは急に上がった赤い煙を見て、血相を変えて行ってしまったが、名乗るのは再会した後だ。ゲームは順調に進んでいるとみてもいいだろう。
エミリは刻々と迫る入学式に想いを馳せた。
「新入生かな?講堂はあっちだよ」
エミリは心の中でガッツポーズをした。ほら、やっぱりイベント通りだ。
「あ、そうなんですね、あれ……?」
ジルディオが首を傾げる。やっぱりかっこいい。
「あの……もしかして、あの時助けてくださった……」
「あの時?」
「えっと、あの、人攫いから逃げていたときに、助けてくださった方ですよね?」
「……ああ」
「あの、あのあと、貴方が皇太子殿下だと教えていただきました。あの、助けていただいて、本当にありがとうございました」
エミリは思い切り頭を下げた。そして、小さく震えて、口許を隠す。
主人公だけあって我ながら顔も可愛いので、ジルディオもくらっとするだろうと思ってのことだ。男子はすべからく、か弱い女の子には弱いのだ。
「本当に、こわくて……もう、一生両親に会えないかと思って、私……!」
「全員無事だったと報告を受けたよ。大事なくてよかった」
優しく笑いかけてくれるジルディオ。エミリは胸元に手を当て、可愛らしくかしずいた。
「命の恩人である殿下へ、名乗ることをお許しいただけませんか?」
「……うん」
「ありがとうございます!」
本当に嬉しいと、明るく笑う。エミリはこれが可愛いんだと知っていた。
「アーデム家息女、エミリ・アーデムと申します。これからもよろしくお願いします!」
と、丁度頭を下げたとき、がさっと音がして、茂みから女子生徒が現れた。
(はぁ?良いところなのに、誰よ?)
「リーリア?」
ジルディオが目を丸くして多分、その女子生徒の名前を呼ぶ。
(どういうこと?!)
リーリアなんてキャラ、覚えがないから、モブのはず。なのに、どうしてジルディオが、他でもない女子生徒を、名前で呼んでいるというのか。
「リーリア!」
呆然としていると、ジルディオがいつの間にか倒れ込んでいる様子の女子生徒へ慌てて駆け寄った。
それどころか、顔を覗き込んで、優しく声をかけている。
(どういうことなの?!)
だって、主人公はエミリのはずで、間違っても、リーリアなんていうモブ女子生徒ではないはずだ。
なのに、ジルディオがお姫さま抱っこを繰り出すわ、その女子生徒の兄まできて、三人、仲が良さそうだわでますます意味が分からない。
主人公は、自分のはずなのに!
「あの……でしたら、皆さんで行きませんか?私も場所が分からないので」
なんだか存在を忘れられていたような気もするが、それは流石に気のせいだろう。他でもない主人公はエミリなのだ。
講堂に行くまでは、ジルディオと会話を交わしたし、やっぱりゲームの流れには逆らえないのだと思った。ジルディオが講堂まで送り届けてくれるイベントは、確かにあったから。
(やっぱりゲームは私を中心に回るんだわ。予想外のモブが出てちょっとだけバグるみたいだけど、ちゃんと元の流れには逆らえないようになってるのよ)
後は、順調にジルディオの好感度を上げていけば、あのモブは関わってこなくなるはず。というか、むしろあれが悪役令嬢ってやつで、ジルディオとの仲を深めるきっかけの役なのかもしれない。ならばスパイスとして必要なのかも。
まぁ、本当なら公爵令嬢だった気がするけど、多少の変更はあるのだろう。
こうなったら、あのモブと仲良くなるのも手かもしれない。
(まぁ、ゲームは始まったばっかりだし、他の攻略対象とも出会いイベントこなさなきゃ)
そういえば、新入生代表の挨拶は公爵家の私生児である孤児院出身の俺様攻略対象キャラだったはずなのに、全然違う男子生徒だった。
(髪の色とか瞳の色とかは一緒だったのに、雰囲気と、あと名前が全然違ったのよね……おかしいなー……)
まぁいづれ出会いイベントが起こるだろう。
なんせ自分は、この世界の主人公なのだから。




