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「……お兄さま、ちゃんと一から説明してくださいませ」
折角お気に入りのお茶を飲んで、落ち着いたと思ったのに、そんなざっくりな説明をされて、思考が追い付くものではない。
いや、言っていることは分かるんだけども。
「一からか……リーア、こちらはナナリ孤児院にいたロイくんだ」
「それは知ってます!」
というかあの孤児院そんな名前だったんだ。そこはちょっと忘れてたけど。
「そうだよなぁ?なんせ石投げられてるんだもんなぁ?」
「……アヴェルさま、それはもう言わない約束でしょう」
「おっと、そうだったそうだった」
「……」
ロイ、兄は絶対また言うと思う。多分気の毒そうな私の視線に気付いたんだろうロイは、諦めたようなため息をついた。まぁもう分かっているらしい。
「……それで、どうしてロイがエルディ家に養子に入ることになったんです?」
「まぁ、平たく言うと、お前のためだ」
「は?」
「お前はどうしてだかなんやかんや色々なことに巻き込まれるだろう。俺も気をつけるつもりだが、いかんせん学年が三つも違えば、いつでもお前の危機に気付けるものではない」
「はぁ……」
「そこで、お前の傍に置くために、ロイが選ばれたというわけだ」
「…………ええっ!」
「傍におくならルルがいいんじゃないかと言ったんですが、」
「女の子が、万一にでも何かに巻き込まれ、怪我でもしたら大変だろう」
「……と、いうわけで、俺に」
開いた口が塞がらない。そんな淡々と話を進められても……。
「これからお前の兄として傍にいるために、貴族のマナーやらを叩き込んでやった。お前と同じ時期に入学出来ないんじゃ意味ないからな。そしたらこいつ、試験を首席で合格しやがってな!」
「首席?!」
試験って、私だってちょっと難しいと思ったあの試験?
侯爵以上の令息令嬢は免除になるけど、それ以下は生徒数を調整するためにと、入学試験が設けられていた。私も、もちろん領地からわざわざ出てきて試験を受けた。
ちゃんと合格できたけど、もしかして落ちたかも……と思ってしまうくらいには簡単な試験ではなかったと思うんだけど。
「ロイ……貴方頭良かったのね……」
「いや……まぁ、別に」
「……リーア。最初に言うことはそれなのか。というか、なんでちょっと悔しげなんだよ」
「お兄さま、笑わないでくださいませ!」
「あー、はいはい」
まだちょっと笑ってるんだけど!むっとして睨むと、流石にまずいと思ったのか、兄はひとつ咳払いをした。
「そういうわけだから、これからロイは……まぁ、護衛みたいなもんでもある。だから、今後は出来るだけロイと一緒にいるようにしろ。お前が一人で巻き込まれるより、よっぽど安心だ」
「護衛……」
ロイはただの男の子だったはず。私を一人にしておくのが危なっかしいばっかりに、貴族のマナーを叩き込まれ、学園に入ることになってしまった。あげく、護衛?
その事実が、急激に私にのし掛かった。
「……ロイ、」
「はい」
孤児院のときと全然違うロイは、成る程、貴族のマナーを徹底的に叩き込まれたんだろう。
物腰柔らかく、粗暴ものの雰囲気はまるでない。孤児院にいたとは、きっと誰も思わない。
「お兄さまのばか……」
「……」
「……ロイは、私の友だちだったのに……」
「……」
「ろ、ロイが、いなくなっちゃったぁ……っ」
兄とロイがぎょっとするのが、なんでか分からないけど霞んで見える。思ったよりダメージが大きいみたいだ。
「リーア、リーア。どうした、なんで泣くんだ」
「……ないてませんん、」
「いや、お前、それはもう泣いてるんじゃ……」
「ないてません!」
子どもじゃないんだから、こんなことで泣くわけがない。と、思いつつも、喚くのをやめられない。
「お、お兄さまひどいですわ!領主の息子に言われたら、いやでも、断れないに決まってるのに!そんなロイを、むっ、無理矢理……っ!」
「おい、待て待て、無理矢理じゃない!」
ロイが大きな声でそう言った。
「そうなの?」
「ていうか、いなくなっちゃったってなんだよ。いるだろ、ちゃんと」
「……うん、」
「……あのなぁ、領主の養子になれて、学園に通えるってのに、なんで断らなきゃいけないんだよ」
「……だって、」
「俺は嫌なら相手が誰でも断るわ。俺は自分が来たくてここにいるんだよ。なめんな」
「……でも、」
「……なんか気にしてるみたいだけど、護衛つっても孤児院で似たようなことしてたんだぞ、これでも。あんたに石打ち返されて、木から落ちててもな」
「う、」
それ、もうもはや自虐ネタみたいになってない?
でも私はなんだか安心してクスクス笑った。よかった。ちゃんとロイはロイだ。
「……ただの善意なら疑うけどな、あんたを護るために傍にいることが条件ってなら、こんなに分かりやすいことはないだろ?これで遠慮なくエルディ家に厄介になれるってもんだよ。ありがたいね」
「そっか……」
「……ていうかな、兄は、友だちになっちゃ駄目なのかよ?」
「……いいの?」
「……知らないけど」
「……じゃあ、兄兼友だち兼護衛、ってことでいい?」
「あんたがそれでいいなら」
「うん、」
「……」
「……ねぇ、ロイ」
「……なんだよ」
「友だちなら、私の前ではいつものロイでいて。敬語使ったり、礼儀正しくしたりしないでね」
「……おう」
あー、よかった。そっか、無理矢理じゃなかったなら、エルディ家はロイにとっていい養子先だったのかも。
伯爵家だけど、みんないい人たちだし、貴族だけど、そんなに格式高いわけでもないし。
ようやく安心出来たところで、私は再びお茶に口をつけた。やっぱりこのお茶は気分が落ち着く。
なんだか、特別、大きな事件が起きたわけでもないのに、気分的にはものすごく疲れた入学式になってしまったけど、今日の最後がこれなら、まぁなかなか悪くない一日だったかもしれない。素直にそう思った。
「ロイ!このお茶美味しい!というか、お茶も淹れられるようになったのね。びっくりしたわ!」
「……ああ、なんか、サーシャさんに叩き込まれた」
流石サーシャ!学園にきたらサーシャのお茶が飲めなくなるの、地味にダメージだったのよね。それを見越してロイに伝授してくれたんだろう。
「ロイ、これからよろしくね」
これは幸先がいいかもしれない。早速学園で一緒にいてくれる友だちが出来た訳だし、その友だちは元々知り合いな上、私のお気に入りのお茶を淹れられるんだから。
私は色々なことをころっ、と忘れて、そう言って笑った。
「お前ら仲良しだな」
「……他に言うことはないんですか?」
「…怒ったり泣いたり笑ったり喜んだり忙しいな、全く。どうだ、あれが我らが妹だぞ。単純で可愛いだろう?」
「……ものすごく、幸先不安になりました」




