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『フォーチュン・プリンシア』というゲームがあった。
私はゲームはあんまり得意じゃなかったから、なんかの特集でそのゲームのことをとりあげた深夜番組を見たことがあっただけだったけど、名前まで思い出せるんだから、結構印象に残ってたのかもしれない。
主人公はエミリ・アーデムという男爵令嬢。男爵令嬢といっても、ほとんど平民みたいなものだったけど、そんな女の子が、持ち前の明るさと素直さで、一癖も二癖もある攻略対象たちの心を鷲掴むという、王道の乙女ゲームだったと思う。
攻略対象は四人。裏表キャラと、俺様キャラと可愛いキャラとおだやかキャラで、その裏表キャラというのが、皇太子、ジルディオ・リデル・レーヴァルトだった。
(というか、どうせ思い出すなら、この記憶じゃなくてもよくない?)
前世の記憶なんて、ほとんど朧気だ。思い出したことといえば、便利だった道具とか、ちょっとした家族との思い出とか、そんな些細なことだったのに、どうしてこんなピンポイントでこんなことを思い出してしまったのか。
(前世覚えてること自体がありえないのに、ゲームの中に転生だなんて!)
処理しきれなくて頭を抱えた。人間、本当に混乱すると頭を抱えてしまうんだな、と変に納得する。
と、
「……リーリア、ごめん」
「へっ、」
声が聞こえたかと思えば、急に身体がふわっと浮いた。
一瞬思考が止まったものの、すぐに皇太子に抱き上げられたのだと理解する。
「でっ、殿下?!」
「勝手に触ってごめん。だけど、体調が優れないみたいだし、このまま医務室に運ぶよ」
どうやら頭を抱えたのを具合が悪いととったらしい。
(いや、待って?!このままって、このまま?!お姫さま抱っこで?!)
「殿下!大丈夫です!少し立ちくらみがしただけなので!もう、大丈夫です!」
「でも、ちゃんと医務官に見てもらったほうがいい」
「本当に大丈夫ですから!あの、だから、おろしてください……!」
納得いってない顔だったけど、勝手に抱き上げてるから、無理強いもよくないと思ったのか、皇太子は私をゆっくりと下ろしてくれた。
「あ、ありがとうございました……」
「本当に大丈夫なんだね?」
「本当です!入学式が楽しみで、寝不足だったのかもしれません、はは」
う。なにこの子どもみたいな返し。他に思い付かなかったので仕方ないけど、皇太子はやっと一応納得してくれたのか、苦い顔で笑った。複雑……。
「……あの、」
あ、主人公忘れてた。
私たちの今までのやりとりには流石に入ってこれなかったらしい主人公は、おずおずと声をかけてきた。今は私的にはナイスタイミングだ。ありがとう、主人公。
「あなた、あの牢屋で一緒だった子よね?」
「え?」
(ああっ!!)
よく見たら人身売買事件のとき、そもそも私を巻き込んでくれちゃったあの女の子だ。
そうか、さっき言ってた助けてくれてとかなんとかいう話は、あの事件のことか。
「えっと、はい……」
「よかった!あなたも無事だったのね!私は、殿下が助けてくださったから、怪我もなかったのよ」
「はぁ……」
いや、なんのマウント?というかそもそも、あなたが巻き込まなければ私はあんな目に遭わずにすんでたんだけど?
あと、私も別に怪我なんてなかったですけど?
(……ん?ちょっと待って……)
人身売買事件、皇太子、助け、入学式の日、お礼、自己紹介。
(これ、再会イベントだ!!)
主人公が攻略対象の好感度を上げるためにあるイベントの一つ。
助けてくれた皇太子に主人公がお礼を言って名乗って、確か、明るく可愛らしく笑う主人公に、皇太子が少しだけ興味を持つようになる、そんなイベントだったような気がする。
どうりで見たことがあるようなシチュエーションなわけだ。
でも、問題は、なんで私がそんなのに巻き込まれるのか全く分からないことだ。
(全然内容を知らないけど、リーリア・エルディなんて伯爵令嬢は出てこなかったはず。ということは、私はモブってことよね?なのになんでここに居合わせちゃったの?いや、迷子になったからなんだけど……でも、こんな風にタイミングよく居合わせてしまうっておかしいわよね……やっぱり皇太子と友だち?になってしまったから、とか……?)
それだって私が進んで望んだものじゃないのに。
(いや……それはちょっと言い過ぎかも……皇太子にはよくしてもらってるし)
ともかく!ゲームイベントならよそで勝手にやってください!って話なんですが!
「リーア!」
そのとき、兄が突然私の視界に入り込んできた。嘘!
「お兄さま!!」
まさに天の助けだわ!
「……講堂にいないと思ったら……おっと殿下、おはようございます」
「うん、おはよう」
「……」
兄は私と皇太子、そして主人公を見て状況を整理するように顎に指をかけた。そして、おもむろに口を開く。
「リーアお前、迷ったな?」
最初に言うべきがそれ?!
「お兄さまが真っ直ぐとおっしゃったではありませんか!だから、私は真っ直ぐ進んでここに来たんですわ!」
「……お前、流石に道なりという言葉は知っているよな?」
「……」
いや、途中からそういうことだったんじゃないかな、と思ったけど、だって、道なりにとか言わなかったから!
目線を反らす私の態度で察した兄は、苦笑を返すだけに留めてくれた。まぁ皇太子もいるところで、妹追い詰める必要ないからね。
「……ともかく講堂へ向かいなさい。式がそろそろ始まるぞ」
「……お兄さま」
「なんだ」
「責任をもって、連れて行ってくださいませ」
一瞬落ちた沈黙に、私がえっ!となった。自分では真っ当な主張のつもりだったからだ。
そして、兄は思い切り吹き出した。
ついでに皇太子の肩も笑っている。
ひどい!私は大真面目に言ってるのに。だって、講堂がどこだか分からなくなったから迷っているのだ。向かえと言われて簡単に向かえたら苦労はしていない。
「……お兄さま!殿下!」
「すまんすまん」
「リーリア、ごめんね」
皇太子はともかく、兄は悪びれた様子もない。もう!相変わらず意地悪なんだから!
「……あの、」
あっ。また主人公忘れてた。
「でしたら、皆さんで行きませんか?私も場所が分からないので……」
「そうよね!そうしましょう!」
願ってもない。
味方を得た私は、兄にさっさと案内するよう、得意気にその顔を覗き込んだ。
予想に反して、兄はにやりと笑う。
「……分かった分かった。お兄さまがちゃんと送ってってやるとも。可愛い妹が、また迷子になったら大変だからな」
一言多い!




