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私の口は多分、間抜けにもぽかりと開いていただろう。

確かに男たちは皇太子の兵が近くにいるとか言ってたけど。まさか、皇太子本人がいるとは、思わなかったから。


「……で、でんか……?」

「うん」

「本物、ですよね……?」

「うーん……もし偽物がいたら国を上げての大騒動だよ」

「ですよね……」


そうではない。そうではないだろう。分かっている。

どうやら私は現実逃避に走ると、しばらく思考が停止して、どうでもいい話を始めてしまうみたいだ。

呆然としていると、皇太子は困った顔をして私の隣に片膝をついた。

びっくりして皇太子を凝視する。皇太子が地べたに膝をつくなんて、いいのだろうかと不安になった。


「あの、でん……、」

「リーリア……怪我はない?」

「あ、はい」


これには即答した。引き倒されたときに手をついたので、そこがヒリヒリするくらいで、それ以外は特に痛いところもない。


「そう。よかった」


皇太子は安堵したように息をはく。それを見て、私はようやく、自分がさっきまで思ったより危機一髪だったことを思い出した。


「あ!あの女の子たち!」

「女の子たち?」

「え、えっと、私と一緒に逃げ出した女の子たちなんですけど……って、あの、そこで伸びてる男たちがどうやら人身売買を行っているみたいで、私たち捕まってて、それで、みんなで逃げ出したんですけど、あの……」

「……あー、うん、分かった。大丈夫。逃げ出した女の子たちは無事だよ。僕もさっき二人ほど見かけて、今は騎士たちが保護しているし、他も探して、騎士たちが保護するはずだ」

「……そう、ですか……」


ほっとして肩の力が抜けた。よく見ると私を追いかけて来ていた男たちは、皇太子の後ろで二人仲良く伸びている。

恐らく、皇太子が助けてくれたのだ。やっと頭が働いてきた。


「殿下、あの、助けてくださり、ありがとうございました」

「……」

「えっと、目眩ましの道具を持っていたので大丈夫と思ってたんですけど、効きが悪かったようです。本当に助かりました」

「……君の兄さんから聞いてて本当によかった……聞いてなかったら、見逃してしまっていたかもしれないから、」

「え?」

「……赤い煙の話。アヴェルに聞いてたんだ」

「そうでしたか……」


だから皇太子は素晴らしいタイミングで助けにきてくれたわけだ。

そうよね、私が危険なとき兄が近くにいる保証はない。兄はこれを見越して、皇太子に話していてくれたんだろうか。おかげて助かった。


「……赤い煙が見えたとき、すぐに思い出して血の気が引いたよ。まさか君が巻き込まれているなんて、思いもしなかったから」

「そうですよね。私も想定外だったので……」


髪を、皇太子の指がすべる。そのうち一房をとられた。あれ、なんだか前にも同じようなことがあったような?


「君を守れて、本当に良かった……」


皇太子が、髪の一房に口付けを落とす。それはやっぱり仰々しいようで、居心地が悪い。


「で、殿下、あの、えーっと、いつまでも膝をついていては、よくありませんわ」

「あ、ごめん。そうだね、いつまでも地面に座っていてはよくないからね」

「……いや、私のことはいいんですけど、」


この人、自分が皇太子だということと、ものすごく整った顔をしていること、忘れてるんじゃないかしら。

おかげでどぎまぎさせられるから、困ってしまうんだけど。

皇太子はさっと立ち上がって手を貸してくれた。やっぱりいちいちスマートだ。私はその助けを借りてようやく立ち上がる。

うん、特に痛いところはない。

足の具合を確かめる私をよそに、さりげなく私の服の埃をはらってくれる皇太子は、やっぱり兄だな、と思って、思わず小さく笑ってしまった。


「ん?どうかした?」

「いえ、あ。改めまして、お久しぶりでございます、殿下」

「うん」


ちょっと薄汚れてるけど、それはしょうがないとして、私は今できる精一杯の礼をとった。

手紙のやり取りは頻繁にしていたものの、皇太子と会うのは約四年ぶりだ。


(……なんか大きくなってる、よね?)


最後に会ったときは私より少し身長が高いってくらいだったのに、今は私の頭は皇太子の顎くらいになっていた。

そりゃ四年もたてば成長するだろう。でも、私だって成長して13歳の平均身長くらいにはなったとはいえ、なかなか伸びなくなってきたのに、にょきにょき伸びるんだから男の子ってずるい。

私の心情をもちろん知らない皇太子は、目元を緩める。


「……大人っぽくなったね」

「そうでしょうか?」

「うん」


そうして見つめ合っていると、よく分からないけどなんだか落ち着かない気持ちになった。思わず視線を反らしてしまう。


「……殿下も、背が高くなられましたね」

「うーん。アヴェルにはまだ届かないんだけどね」

「あ、そうなんですか?」


そういえば確かに、兄は、私の頭二個分くらいは身長が高かったような気がする。


「うん、ちょうど昨日会ったときはこのくらいだったから」


皇太子は自分の頭の少し上を手で示した。兄の身長はそのくらいということだろう。

そういえば、兄には冬の長期の休み以来会ってなかった。

じゃあ兄もこの短い期間で身長が伸びたのかな。そう思って皇太子の手に近付き、自分の身長と比べてみた。


(うーん……)


ちゃんと会ってみないと分からないけど、やっぱりちょっと伸びてるんじゃなかろうか。


(顔見てずっと話していたら首が痛そうだわ)


まぁ今現在話をしている皇太子に対しても同じようなものだけど。すでに首が痛い。

ぼんやりと皇太子が手を下ろすのを見送って、皇太子に視線を戻す。

あら?なんか思ったより近付いてたみたい?


「どうかした?」


皇太子が顔を覗き込むように、身を屈めてきた。ひえ。美しい顔がものすごく近い。


「……そろそろそのお転婆に説教をくれたいんですが、よろしいでしょうか?」


一瞬停止した思考に、その声はすっと入ってきた。驚いてすぐに振り返る。


「……お兄さま!!」


あ。ものすごく怒ってる。

そこには、見てすぐ分かるくらいの怒りの色を浮かべて笑う──実は、こういうときが一番怒っている──我が兄が、揚々と腕を組んで立っていた。






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