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3





見張りは苛々と戻ってきた。「くそ、あいつら……」とか言っているところをみると、仲間割れでもしているのかもしれない。

見張りに見えないよう隠れた私を見て小さく頷くと、ディーは襟元を緩めた。作戦開始だ。


「ちょっと、いいかしら?」

「なんだ!」

「少し暑くて……服を緩めてもいいかしら」

「……いいだろう」


うわ。見るからに鼻の下伸びてる。

ディーが腰のリボンを緩めると、分かりやすい見張りは、じりじりと牢屋へ近付いてきた。ディーが、絶妙なタイミングで流し目をする。効果は抜群だ。


「……ねぇ?」

「なんだ」

「背中のほう、緩めてくださらない?他の女の子たちは寝てしまって、貴方にしか頼めないの」

「……しょうがねぇな」


と言いつつ乗り気な見張りは、ちょっと気が急いた様子でカチャカチャ音を鳴らして牢屋の鍵を開ける。

そうして、見張りはいそいそと牢屋へ入った。その背後をとった私は勢いよく、脱いだ靴を振りかぶる。見張りが一瞬で倒れこんだ。

ちょっとだけ上手くいくか不安だったけど、ちゃんと急所を狙えたようだ。しばらく様子をみても、起き上がる様子はない。よしっ!計算通り!


「大丈夫です」


寝たふりをした他の女の子たちと、襟元をさっさと正したお姉さんが立ち上がる。見張りが気がつくか、他の男たちがこちらに来る前にさっさととんずらしなければいけない。

気付いたらディーがどこから出したのか太いリボン──とはいえものすごく頑丈そうな──で見張りの腕と足を縛っていた。手際がいい。


「すごい」

「私は縛っただけよ。リーリアこそ。一発でこの男が気を失うとは思わなかったわ」

「あー、急所をねらっただけなので……よし、出ましょう」


私が先導して、牢屋から出ると、扉の前で止まる。ここを出れば外に出れるはずだ。

連れてこられるとき、別に目隠しをされていたわけじゃないので間違いないだろう。私は振り返った。


「……ではみなさん、この扉を開いたら一斉に散らばって逃げてください。私は右手側に逃げますから、それ以外で。どの路でも、真っ直ぐ行くと大通りに出るはずです」


みんな神妙な顔で頷く。まぁ、みんな重ったらしいドレスじゃないので、比較的走り安いほうだろう。あとは、頑張ってもらうしかない。


「……リーリア」


ディーが私の頬を両手で包んだ。ものすごく心配してくれてるみたい。なんだかくすぐったい。


「……大丈夫です」

「本当なのね?」

「はい。心配してくださってありがとうございます」

「……」


むぎゅ、と頭を抱き締められる。ディーは身長が高めだから、頭を掴んだようにされると、なかなか痛かった。


「ちょ、お姉さん!」

「ディーでいいのに……なんか癖になりそうだわ」

「え?」

「うふふ。なんでもない」


ディーはにっこり笑って私の頭を離した。うわ。お色気お姉さんのにっこり顔って壮絶。


「気をつけて。またどこかで会いましょう」

「……はい」


元気が出た。頑張って走れそうだ。

扉に手をかけて、深呼吸をひとつ。


「では、行きます、」


そして私は、思い切り扉を開いた。





「?!なんだ!」

「おい!あれ、捕また女たちじゃないか?!」

「なんだと?!」


案外近くにいたらしい。男二人とすれ違った。

私は構わず走り続ける。少しでも他のみんなから距離をとるためだった。


(やっぱり体力づくりの効果はあったわ!前より全然走れてる)


ちょっと心配していたけど、男は二人、ちゃんと追いかけて来ているらしい。

予想通り、背後で「おい!あいつだけでも捕まえるぞ!」とかなんとか言っている。

でも、案外情報処理能力が高いみたい。咄嗟に追ってきたのか、気配が徐々に近付いてきている。

やっぱり所詮、小娘の足じゃ、男を振り切るのは不可能なのだ。だからこそ。


(とっておきの出番ね!)



──いいか?余計なことには絶対に首を突っ込むなよ?

──もう。お兄さま、それ何度目ですか。

──何度でも言うぞ。

──もういいですってば!ちゃんと分かってます。私だって、あんなに心配していたお母さまや、お父さまに心労をかけたくないですし!

──……ぜひ、そこにお兄さまも入れてくれないか。

──いいですか、お兄さま!どうしても危なくなったときのために、とっておきを用意してるから、私に怖いものなんてないんですわ!

──とっておき?

──いいですか?私のこの髪飾り、ただの髪飾りじゃないんです!なんと、実はこれ、燃やすと真っ赤な色の辛い煙が出るすぐれもの!これを相手に食らわせれば、私はすたこらさっさ!完璧に逃げおおせる、というわけです!



髪飾りを外す。一見宝石のように見える石は、火打石である。

カンカンッ。よし。上手く火がついた。後は。

私は急に立ち止まって振り返った。おかしなもので、追いかけて来ていた男二人も止まる。


「……すみません!」

「「は?」」


私は男二人に、髪飾りを投げた。瞬間、髪飾りは燃え、赤い煙が広がる。


「な、なんだ?」

「う"、おい、」

「っ、ゲホッ、ぐっ!」

「うぅっ、か、から……っ!」


効果は完璧だったみたいだ。男二人は、喉を押さえて咳を繰り返す。

目と鼻から水分が止まらず、見悶えて動けなさそうだ。


(やった、成功!火打石も、あれで本当に火がつくかな、と思ったけど、ちゃんと想定通りだわ。帰ったら早速ゼフじいに報告しなきゃ!)


絶大な効果が嬉しくて、私は油断した。投げたらすぐに逃げるべきだったのに。


「ぐっ、こ、のッ!!」


涙やらでぐしゃぐしゃの顔の男の一人に腕が捕まった。えっ、十分距離をとっていたつもりだったのに!

そのまま揉み合って、やっとのことで腕を振り払い踵を返すが、あっけなく髪が捕まった。髪は女の命なんですけど!

と、そんなことを言っている場合じゃない。なんとか捕まれている髪を外そうとまたもがいたけど無駄だった。

私はそのまま地面に投げ出される。咄嗟に受け身をとったけど、すぐに立ち上がれずに男を見上げた。


「くそ女が!!」


あ、やばい。

ぐしゃぐしゃの顔の男は、それだけじゃなく怒りからか、顔を真っ赤にしている。多分、商品に傷をつけないように、みたいな気遣いは、もう頭からすっかり消えているだろう。

生意気な小娘をいかに懲らしめるか。それしか考えていない。



──はぁ……お前がどうしてそんなに得意げなのかは本当によく分からないが、それでも駄目なときはどうする。相手を逆撫でするだけかもしれないだろう?



男が腕を振り上げる。全てがスローモーションのようだった。

私は最悪何回か殴られる覚悟をして、目を閉じる。



──うーん、それでも私は逃げ切るつもりですけど。まぁ、どうしても駄目なときは、



男が、うめき声を上げて倒れた。私は呆然と、顔を上げる。



──煙を見つけたお兄さまが助けにきてくれるばすなので、大丈夫なのです! 



「……はら?」

「……」


見上げた先にひかる、青銀の髪。色を深くした、瑠璃色の瞳。


「……全く、君という人は」


……お兄さまじゃなくて、皇太子が来た。






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