13歳、やっぱり前途多難です?!
すすり泣く声が聞こえる。
……いや、それ以前に泣き喚く声がものすごく響いている。狭い空間なんだから、もう少し考えて欲しいんだけどな。
ああ、ほら、そんなに喚くから。怖いおじさんが鉄格子をガンッと蹴って、こちらを睨み付けてくる。
「うるせぇっ!大人しくしてろ!」
「っ、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよぉっ!!」
……それ私の台詞なんですが。
ことは数時間前に遡る。
私は13歳になり、約束どおり、学園に通うために首都へ戻ってきていた。
学園入学の準備もあり、数日はなんだかバタバタしていたわけだけど、ようやく落ち着いてきたところで、私は先日、早速セルシア様や皇太子へ連絡した。
すると、すぐにお茶会への招待状がきた。そりゃもう、これは受けるしかない。私はもちろん「行きます」と返事をした。
さて、折角久しぶりにお茶会に招待されたのに、手ぶらで行きたくない。そこで、私はサーシャと一緒に買い物に出掛けることにした。もちろん、手土産を用意するために。
ここまでは普通だ。なんらおかしいことはない。事件はその後に起こった。
私は、数時間並んで、やっと手に入れたチョコレート菓子の箱をご機嫌で持ったまま、馬車をつかまえに行ったサーシャを待っていた。ただ、それだけだった。
「たすけてっ!」
多分数分の間の出来事だ。
路地裏から急に女の子が出てきた。女の子と言っても、多分私と同じか、ひとつふたつ上くらいの子。その女の子は、私の服の腰元をむぎゅ、と掴むと、もう一度「助けてっ!」と叫んだ。何事?!
私が状況も把握出来ない間に、女の子の口はすぐに屈強な男の腕で塞がれた。ついでとばかりに、どこから現れたのか、違う男の腕で私の口も塞がれる。びっくりして少しもがいたけど、びくともしなかった。チョコレート菓子の箱が地面に落ちたくらいだ。ああ、そんな……。
「ちっ、二人とも連れていくぞ」
男の一人が面倒そうに言った。私は女の子と一緒に、そのままズルズル引きずられる。
え。うそでしょ?なにこの巻き込まれ事故?!
そう思った時には、私は鉄格子の内側。牢屋の中に入れられた後だった。
頭の中で、兄がずっと説教をしている。
ーー危険なことに関わるなとあれほど言っているというのに!こんなことなら、お前を首都へ戻ってこさせるべきではなかったのか?!ああ、これでは最悪、即刻連れ戻されるかもしれないな!
いや、これ、本当に私のせいじゃないでしょ?!完全に巻き込まれ事故だってば!
「……」
とりあえず落ち着いて状況を整理したところ、私(とぶつかってきた女の子)はどうやら売られる目的で捕まったみたいだった。
私の身なりがいいことを一目で気付いた男たちが堂々と言っていたからだ。
『こんな上物は久々だな』
『今日はツイてるぞ!こりゃいい値段になる!』
うわ。私ものすごく高値で売れそう。じゃなくて!
まさか、栄えあるレーヴァルト皇国で、しかも王のお膝元である首都で、人身売買が行われているとは思ってもみなかった。
それに、それこそ、そんなのは私の中では、物語なんかの中でのお話だった。なのに、実際その被害者になることがあるなんて。
まあ、皇女さまを刺客から守るために囮になるっていうのも、なかなかフィクションか。そう考えると初めてでもないんだわ。
いやだから、じゃなくて。話がずれてきた。今はどれがどれだけ非現実か、という話ではない。実際に売り飛ばされそうになっているわけだし、とにかく状況を正しく把握していかないと。
牢屋の中には私と最初の女の子の他にも、五人が先に捕まっていて、性別は全員女。うわぁもう、最低。目的が透けて見えるようだ。
「……」
ぴーぴー騒いでいた女の子は散々黙れ、と言われ泣きべそをかいてしゃがみこんだ。
気持ちは分かるけど、人身売買の商品として捕まったわけだから、どんなに騒いだからって解放されるはずがないだろう。残念だけど。
とはいえ、このまま大人しくどこぞへ売られるわけにもいかない。だってまだ、セルシア様にお会いしてないのに!
これからたくさん女の子同士のお話をして、一年後には一緒に学園へ通うことになるのよ!絶対に帰らなければ!
さて、どうしたものか。
「……あなた、」
「!」
私より大分年上の、なんていうか非常に色っぽいお姉さんがいつの間にか傍にきていて、私に顔を近付けた。肩までの赤い髪がさらりと私の視界を塞ぐ。
そのまま、周りに聞こえないようにか、囁くように話し始めた。近い。緑色の瞳が、私を観察するように細くなった。
「全然怖がってないのね」
「え?」
「あなた、見たところ十代前半でしょう。なのに泣いてもいないし、動揺してる様子もない」
いや、ものすごく動揺はしてますけど。なんせ巻き込まれ事故なんで!
お姉さんは続ける。
「どうしてそんなにも冷静でいられるの?もしかしたら、これからあなただって、想像もしていなかったような辛い目に遭うかもしれないのに……」
「……えっと、」
前世日本は平和な国で、私は、全く命の危機に遭遇したこともない、いたって平凡な人生を送っていた、いたって平凡な女だった。
だからいつだって、危機感がないのかも。だから、兄はいつだって私に説教をする。
でも、私は別に、この状況を楽観視してるわけじゃないのよね。
「全然、冷静なんかじゃないです。でも、泣いててもしょうがないので……そういうお姉さんも動揺してないですよね?」
「あはは。お姉さんだなんて。ディーって呼んでちょうだい」
「えっと、リーリア、です」
「リーリア。あなたが言うとおりよ。泣いててもしょうがないわ」
「ですよねぇ」
これが前世でいうアニメとかマンガとかの中なら、ヒーローが助けにきてくれたりするのかもしれないけど、そんな宛にならないものなんて、待ってられない。
こういうのが、兄からしてみれば駄目なのかもしれないけど。
「ここからどうにかして逃げ出せればいいんですけど……」
「……しっ、」
唸っていると、ディーが突然、私の口を塞ぎにかかる。びっくりしたけど、優しい手付きだったので痛いとかそんなことはなく、すごい色っぽいお姉さんでも、指はちょっと角ばってるんだな、なんて呑気に思った。
その間に、外がにわかに騒がしくなる。
「なに……?」
牢屋の中に不安が広がった。これからどうなるのか分からないから、他の泣くしかない女の子たちからしてみれば、恐ろしさはひとしおだろう。
牢屋の見張りは訝しげに外へ出た。近くで話をしているのか、会話が丸聞こえだ。
「なんだ!どうした!」
「皇太子の兵がここいらを巡回しているらしい」
「なんだと?!」
「俺たちの存在を知ってそうしているのかは知らんが、今夜商品を運ぶ予定だったルートが完全に塞がれちまった!」
「ちっ、面倒な……」
声の主は三人。声はそのまま遠ざかった。運ぶルートとやらを考え直しでもするのだろう。
しばらく待っても見張りが新しく置かれないところをみると、ここにいる人身売買グループは恐らく全員で三人。もしくは多くて四人だ。
牢屋に捕まっているのは私を含め七人。そして、すぐ近くには皇太子の兵。
「……」
これは、いけるかもしれない。
皇太子の兵たちが近くに来てるということは、牢屋から出て逃げられさえすれば、保護してもらえるかもしれない。
ならば。
私はおもむろに立ち上がった。
「みなさん、」
チャンスはきっと、ここしかない。
「ここから逃げ出すために、みんなで力を合わせませんか?」
隣にいたディーは、何故かにんまり笑った。




