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「そういえば、」
帰りの馬車の中。今度孤児院に行ったら何をしようかと考えていた私をよそに、兄が口を開いた。
「なんですか?」
「いや、最終手段というのは結局なんだったのかと思ってな」
「ああ……」
確かに、兄には最終手段の話はしたけど、中身については何も話してなかった。結局使わなかったものの、気になったのだろう。
別に兄相手に困ることもないだろうと思って、私は懐から封筒を出した。一応持ってきたものである。
「これです」
「なんだ?」
「皇女殿下と、皇太子殿下からのお手紙ですわ」
「……どうするつもりだったか聞いても?」
「今回は子爵でエルディ家より格下だったので商会とか娘の縁談絡みの脅しでいけましたけど、そうじゃなかった場合、あと、あの親子が、意外と頭がきれるようなことがあった場合、私にはこういう後ろ楯があるのだと脅そうかな、と」
「……」
「特に令嬢だったら、皇太子殿下への働きかけとかを条件にしたら、もうしないと約束させられそうじゃないですか。ほら、皇太子殿下も困ったことがあったら言ってくれと言ってましたし。皇太子殿下と友人なんだと示して「私が手紙で令嬢のことをそれとなく書きます。皇太子殿下は、貴方の名前を覚えてくださるかも。でも、孤児院の子どもを苛めている令嬢、と覚えられるのと、優しくて素敵な令嬢と覚えられるのと、どちらがいいか、お分かりですよね?」なんて脅せば、どんな令嬢でも謝って、これからも子どもを苛めなくなるんじゃないかと」
「……なるほど」
兄は渋い顔でそう言った。やっぱりまずいかな?使わなかったとはいえ、不敬とかになるのかしら?
「……この最終手段、やっぱりまずいでしょうか?」
「……まぁ、そうだな、使わないほうがいいだろう」
「そうですか。よかったです、使う前で。皇太子殿下の名前で脅すなんて、やっぱり不敬ですわよね」
「……いや、まぁ、不敬というわけではないだろうが」
「?」
「……最終手段を使ってうまくいっていたら、お前はその令嬢を、殿下に紹介することになっていたわけだろう?」
「まぁ、そうなりますかね」
「……なんだ、その……殿下と同じ男として言うが、これからもその最終手段はやめて差し上げろ」
「はぁ、」
やめておいたほうがいいならそうするけど、兄の大層な言い草は少し引っかかる。
「……やっぱり不敬なんじゃないんですか?」
「男としてと言っているだろう」
「どういう意味です……?」
「殿下は、お前に女を紹介されるのはごめんだろうと、そう言ってるんだ」
兄は神妙にそう言った。私は、首を傾げる。
だって、もし私が紹介するのがものすごく可愛い子だったら、皇太子だって嬉しいんじゃないかと思うからだ。
そこまで考えて、私は閃いた。そうだ、相手は皇太子だった。
「……なるほど。確かに、皇太子殿下ほどになると、出会いなんて毎日転がっているようなものですわね」
「……は?」
「紹介だって、私よりもしっかりした人がしてるでしょうし。そんな方に紹介してもらった令嬢のほうが、可愛かったり、美人だったりに決まってますわね!」
「……リーア、いや、あのな」
「だからこそ皇太子殿下は、わざわざ私が紹介する令嬢と会う必要などないと、だから紹介なんぞ時間の無駄だと、そういうことですわね、お兄さま」
「……」
しかも、脅しの対価として女性を紹介するというのだから、いくらなんでも酷い。
「私がまちがっていました!やっぱりお兄さまの言うとおり、最終手段はつかわないまま、これからも二度とつかわないことにしますわ!」
「……う~ん、まぁ、結果的には……もう、それでいいか……」
兄は疲れたように言った。あら、今日の疲れが今頃出てきたのかしら。ワーゲン子爵との話は思ったより大変だったのかもしれない。
「お兄さま。疲れたなら、今日は帰ったらすぐ休んでくださいね」
「……そうだな」
兄はそれ以上話すことはなさそうだったので、私は先程までのように、あの孤児院に今度行ったときにやりたいことを考えることにした。
なので、やっぱり、兄の言葉は私には全く届かなかったのだった。
「……兄さまは、殿下がものすごく、気の毒でならんぞ……」




